後日談
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獄寺は自室を抜け出し、通路を歩いている。

今と向き合わないといけないのに、頭の中はかつての恋人との記憶でいっぱいになっていた。

あれは…いつのことだっただろうか。


「獄寺」


静かで。けれど存在感のある声が好きだった。

声を掛けてもらえるだけで幸せだった。声を返せるだけで幸福だった。

それはなんて懐かしく、愛おしく、そして哀しい記憶。


「前任せた仕事の件だが…あまり無理をするなよ」


気遣いなんて滅多にない言葉だった。だからそれが嬉しくて嬉しくて。

いいえご心配なく。大丈夫です無理をしますと。そう満面の笑みで言い返した。

自分は無理をしてようやく人並みですからと。たくさんたくさん頑張りますと。そう言い返した。

そうしたら。彼は。


「駄目だ」


なんて。あっさりと獄寺の意を跳ね返した。

獄寺は項垂れた。

そうしたら…リボーンは少し乱暴に、獄寺の頭を撫でてきた。

彼は獄寺が酷く傷つき、落ち込んだとでも思ったのだろうか。

そうだとするならば…その見通しは間違っている。

だって。その時の獄寺の心中は幸福感に満ちていたのだから。

自信の意向が無残にも跳ね除けられたのにも関わらずそんな気持ちが溢れたのは…

言葉の端々から、彼の気遣いが見て取れたからだろうか。

彼の言葉は嬉しかった。


だいすきだった。


…知らず。獄寺の瞳からは涙が零れていた。

まだ、心の整理はついてない。

仕事に身を費やし、現実を見ようとしないのは逃避だろうか。

今。自分は限りなく無理をしている。身体は辛いと弱音を吐いている。

それでも身体に鞭を打っているのは…


「無理をするなって。言っただろ」


声が聞こえた気がして。振り向いた。

当然のように。当たり前のように。…誰もいなかった。


彼の死は理解した。

彼の死は納得した。

けれど認めたくは無い。


…まだ、獄寺は。リボーンの死から立ち直ってはいなかった。


++++++++++

………。