彼が望むは
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頼もしい父親。

優しい母親。

二人は我が子をこれでもかというほど愛してくれて。

でもその子供は、甘やかされて育ったからか少しだけ生意気で。

…でも、本当はその子供は両親が大好きで。

だから。きっとその家族は幸せそのもので。

誰も彼も、それを壊すことは出来なくて。

それは…それは。


「………」


オレがどれほど求めても。焦がれても。

得る事の出来なかった、そしてごく普通に、そこら中に溢れている家庭の姿。


薄らと目を開けると、そこにはそんな家庭が広がっていた。


「ほらツナ、好き嫌いしちゃ駄目よー!」

「なんだーツナ!お前その年になってもまだ喰えないものがあるのか!そんなだからお前チビなんだよ!」

「んな…!身長のことは気にしてるんだから言うなよ親父ー!!」


…微笑ましい。思わず笑みが零れる。

というか、オレはどうしたんだっけ。なんで寝ているんだ?

…あ、そうか。

いつものように10代目のお宅まで遊びに来て、そしていつものように姉貴を見て。まぁあとはいつものパターンだ。

ああ、まったく情けない。いつか改善したい。


…でも。


「もー、そんなおかしいことじゃないだろー!?」


こうして。なんだかんだで楽しそうな、笑っている10代目が見れるのならばたまにはそれもいいかなと思う。

笑いあいながらの食事があるだなんて、あの屋敷にいた頃は知らなかった。


名前は記号。

会話は質素。

口は食事を通すのみに使われて。


―――そこに笑いなんて、なかった。


それが…本当は。

こんなにも至福に包まれていて、微笑ましいものだっただなんて。

ああ、10代目がオレに気付いた。心配そうに声を掛けて下さる。「大丈夫?獄寺くん」


…止めて下さい。


そんな、オレなんかに構わないで下さい。

幸せな日常を続けて下さい。

オレは見てますから。

…見ていたい、ですから。


けれどそう言おうにも身体はだるくて、言うことを聞いてはくれなくて。

オレの身体の状態を気遣うようにか、10代目はオレの頭を撫でながら。


「…まったく、困ったものだよね。父さんも母さんも騒がしくて。少しは静かだといいのにね」


………。

それは…駄目です。


「―――め、です…」

「え?」

「そんなこと言っちゃ、め、ですよ…?じゅ、だいめ…」

「獄寺くん…」


家族は、家庭は。騒がしいぐらいがいい。

静かなのは駄目。味気がないから。

賑やかで、けど穏やかで。平和で。笑いが絶えなくて。


それが理想。


―――オレが望んだ、理想の家庭。

貴方は、それを持ってるんです。

オレがいくら手を伸ばしても届かなかった家庭が、そこにあるんです。

…だから。


それを大切にして下さい。

オレの代わりに、それを咬み締めて下さい。

…お願い、です…


目蓋が重くて。そこから先にオレの意識はなくて。

そして――…


…何故か次に目が覚めたときにはオレの周りは大所帯だった。


「みゅ…獄寺くん…」


なんで10代目がオレの隣で寝ていますですか?

いや、それよりも…


「ふふふ、獄寺くん…」

「獄寺くん…何があってもお父さんが守ってあげるからな…!」


何故にお母様とお父様まで!?

しかもお父様なんですかお父さんて!!

オレがパニックに陥りそうになっていると…


「ん…獄寺くんー?」

「あ、10代目…」


おはようございます。オレがそう言おうとすると。


「っ!?うわっ!?」


10代目にグイッと腕を引っ張られ。そのまま床に倒れる。


「10代目…?」


その胸元に顔を押し付けられて内心少しどきどきしていると、10代目の呟きが聞こえる。


「…獄寺くんも、家族なんだから…」


…え?


「いっぱいいっぱい、母さんや父さんやオレに、甘えて良いんだからね…」


………。


―――夢。これは夢です。

夢でなければ、こんな嬉しいことが起きるはずがないのだから。

…夢、だから…

少しぐらい、ほんの少しぐらい、よっかかっても…いいですよね…?

起きたらきっと、そこに誰もいなくて。虚しい、寂しい想いをするだろうけど。

でも、そう。ほんの少しだけ―――

そう言い訳して。オレはきゅっと、抱きしめてくれる10代目の身体を抱きしめ返した―――


++++++++++

しかし夢は醒めず、まるでここが現実のように。