午前五時
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オレはリボーンさんに仕舞われるがままズボンのポケットの中に入った。いつもの場所。いつもの定位置。

そこでオレは考える。思い出そうとする。昔のこと。これまでのこと。

けれども頭に浮かび上がるのは、朝、机の上で待機していることや手紙を受け取ったり送ったりしたことだけだ。

リボーンさんとどんな会話をしただろう。リボーンさんはどんな顔をしただろう。オレはなんと返しただろう。

考えても、考えても―――思い出せない。

リボーンさんに買われたのはいつだっただろう。初めて会ってからどれくらい経っただろう。


………。


どれだけ頭を働かせても思い出せず、考えたくない、思い当たりたくない予想がオレを襲う。


寿命。


最近、すぐ疲れるし、眠くなる。

細かいことを忘れ、動きも鈍くなった。


ああ、ああ…どうしよう。


こんなこと、もしリボーンさんに知られたら、いや、聡いリボーンさんはもしかしたら気付いているかもしれないけど、どうしよう。

オレは棄てられるのだろうか。

使えぬ機械の末路など知れている。そしてきっと、オレもその道を行く。


怖い。


そうなるのかと思うと、その未来しかないのかと思うと怖くてたまらない。

そもそも、今の段階でだってオレはリボーンさんに不便を強いているのに。

人間の技術は凄まじく、日に日に生まれるオレの弟妹たちは今やオレが足元にも及ばないぐらい高性能で、スマートで、機能美に満ちている。


そう、それだけで。オレが棄てられる理由なんてそれだけで十分なんだ。


リボーンさんは、物をすごく大事にする方だけど。

でも壊れてしまったら。故障してしまったら、流石に買い換えるだろう。現に姉貴は既に三代目だ。


ああ、嫌だなあ、嫌だなあ。


オレは身を丸める。暗い。あたたかい。安心する。

このぬくもりが、この世界が、オレだけのものでなくなるなんて、オレ以外の誰かが感じるなんて、考えたくもない。


リボーンさん、リボーンさん、リボーンさん。


棄てないでくださいと、大きな声で言いたい。他の携帯を買わないで。オレだけを使ってくださいと。

オレは画素数は少ないし、メモリだって多くないです。

GPS機能も付いてないし、財布やカード代わりにも使えません。

大きなファイルは読み込めません。機微な操作も出来ません。

でも。


オレは、あなたが、好きなんです。


あなたの指が、あなたの声が、あなたの目が、あなたが。

好きなんです。

涙が出てくる。嗚咽が漏れる。堪えたいのに、気付かれたくないのに、身体が言うことを聞いてくれない。


「…獄寺?どうした?」


案の定、オレの異変に気付いたリボーンさんが声を掛けてくださった。

オレはなんとか平静を整える。涙を引っ込める。なんでもないふりをする。


「…なんのことですか?」

「お前、今何か言わなかったか?」

「何も言ってませんよ。ああ、でも、うたた寝してたので何か寝言を言ったのかも」

「…そうか」


どこか釈然としない声がした。話題を変えよう。


「リボーンさん」

「ん?」

「リボーンさんは、オレを買ったときのこと。…覚えていますか?」


言いながら、覚えていないのだろうな。と半ば諦めの思いを持っていた。

けれど。


「ああ、覚えているぞ」


すぐに返ってきた言葉に、目を見張った。

ポケットの中から顔を出せば、リボーンさんは笑っていた。


「あれは5年前の春だったな。店頭で売られていたお前に、オレは一目惚れした」

「え…?」


その時のことを思い出しているのか、リボーンさんがくっくと笑う。


「それまで携帯に興味なんてなかったんだけどなあ。お前の格好良さに思わず手に取って、そのまま買った」


リボーンさんの言葉を聞いて、脳裏に何かの映像が過ぎる。