あなたの為に逝くよ
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しかし長い時を過ぎる間に、オレはこの状態に次第に慣れていった。
視覚と聴覚―――耳がいいのは自慢だったのに!―――そして感覚の大半を失った代わりに、気配に敏感になった。
…こういう場合、残った臭覚が発達しそうだが―――恐らくはある程度発達したのだろうが―――気配察知の方が過敏になったようだ。あと味覚は、分らん。喰わされているのかどうかすら分からん。もういいやなくて。
最初は、誰かが来ても匂いが分かる場所まで来てくれないと分からなかったのに。
今は、この部屋に―――ここが室内であると仮定してだが―――入ったところから、もう分かるようになった。
まさかあなたを気配だけで察知出来るようになろうとは…ある意味感動ですよ。
そして、あなた以外にも沢山の人間が出入りしていたことが分かった。
知ってる気配も、知らない気配も沢山。
恐らく知ってる気配は見舞客で、知らない気配は医師や看護師だろう。
ということは、ここは医療施設か。
オレはやはり任務か何か―――はたまた暗殺でもされかけたか―――で怪我を負い、ここに運び込まれ、治療を受けている、と。
その治療の成果があってか、オレに多少の変化があった。
手の、右手の、感覚が少しだけ戻り―――そういえばあなたに触れられたと分かったのも右手だった―――少しだけ、動かせるようになった。
といっても、何かを握れるほどじゃない。本当に、多少、動かせるだけだ。
あなたが行こうとしたとき、その手を少しだけ握ったら、あなたが動揺したのを覚えている。
…まさかあなたが動揺するとは…是非ともその顔を見たかった。
どうやらオレは回復する見込みはほとんどなかったようだ。手が動かせるようになってから、人の出入り―――主に医師たちの方―――が頻繁になった。
そして、その甲斐あってか、オレの身体も少しずつ回復していった。………気がする。
しかし。
代わりに、
………疲れてきてるな。
オレではなく、周りが。
その声が聞こえずとも、その姿が見えなくても、気配だけで分かる。
日に日に、周りの疲労が蓄積されていってるのが分かる。
まるで周りの力を、オレが吸い取っているようだ。
その割には、オレの回復は、随分と遅いが。
…やれやれ。
困ったものだ。
さてはて、どうしたものか。
正直言えば、言っていいのなら、生きたいが。
回復出来るのなら、回復したいが。
その代償は、必要以上に、大きいようで。
その代償を周りに、この人に払わせてまで、生きたいのかと聞かれたら、問われたら、
オレは―――――
…………………………。
オレは、身体を動かすのを、やめる。
自分の、意識を、閉じる。
周りが、また、慌ただしくなる。
あなたの、気配も、感じる。
けれど、オレは、動かさない。
今の、今まで、周りがしてくれた事に対する、裏切りになるけれど。
でも、まあ、つらいんで。
頭の奥、痛いし。
あなたを、あなた方を、疲れさせるのも、忍びないし。
でも、まあ、仕方ないですよ。
オレの状態も、大体、分りましたし。
こんな身体で眼が醒めても―――なんて。
そう、思わせて下さいよ。
そうして、諦めさせて下さいよ。
そうやって、納得させて下さいよ。
オレに、理由を、下さいよ。
言い訳の一つぐらい、持たせて下さいよ。
あなたの為に、逝かせて下さいよ。
こんな、無理やり生かされている状態で、逝くのは、かなり厳しそうですが。
まあ、見てて下さい。
オレ、きちんと、やって見せますから。
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これでもオレ、あなたの教え子ですからね。
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