彼が警察官になったあと
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今まで警察の目を欺き続けてきた富豪をあっさりと陥没させた怪盗は月夜を背に夜道を駆けていた。

…そんな彼の前に、一人の男が立ち塞がる。


「!?」


驚き固まる怪盗。手に握る盗品に力がこもる。


「そう警戒するな。オレだ」


聞こえた声は怪盗も聞き覚えのあるもの。彼は安堵の息を吐いた。


「あなたでしたか…驚かせないでくださいよ」


身体を固まらせたまま、怪盗は彼に声を掛ける。


「リボーンさん」

「何怯えてんだ獄寺。こないだのことまだ気にしてんのか?」


こないだ。その単語に怪盗…獄寺はリボーンと出会った夜を思い出す。声を掛けられるよりも早く撃たれ、運が悪ければ死んでいた夜。

獄寺の"内職" 獄寺がスカウトされた"理由" 警察における獄寺の本当の"仕事" それこそこの"怪盗"だった。


「…オレ、ここを通ることは誰にも言ってないのですが」

「お前の行動パターンぐらい、誰にでも分かる」


なんだって!?と獄寺は驚いた。自分はそんなにも分かりやすい人間だったのか!!


「いやいや。そんなことないから安心してよ獄寺くん。リボーンだから分かったのさ。オレなんて全然分からなかったし」


そう言いながら出てきたのは警察のトップ沢田綱吉。リボーンはジト目でツナを見る。


「ちなみに、オレもここに来るとは誰にも言ってない」

「やっぱりオレすっげえ分かりやすいんじゃないですか!!」

「違う違う。オレは勘で来ただけだから」


そっちの方が凄かった。


「獄寺。よく覚えておけ。こいつこそ勘だけで今の地位に上り詰めた男だ」

「オレが努力を欠片もしてないような言い方はよして!!」

「事実だろ」

「あ、あの…」


まるで昼間の主務室にいるかのような錯覚を覚える会話の応酬に獄寺が待ったをかける。今獄寺は"怪盗"で警察に追われる身なのだ。


「なにか…ご用でしょうか。この盗品ですか?」

「いや、それはいつも通り好きにしていい。ボーナス代わりだ。あいつ黒だったしな」

「では…」

「この先別の管轄の関門があってね。引っかかるといけないからちょっと待っててって言いにきたの」

「ああ、はい。分かりました」


しかしそんな情報を持ってくるためにこんな偉い人自ら出てくるとは…いくら事情があるとはいえ畏れ多い。


「す、すみません」

「ん?いやいい。職場から抜け出せたからな」

「こんな時間までお仕事ですか?」

「いや、お前に仕事押し付けたのばれてよ。怒られてた」


自業自得だった。


「明日オレの筆跡と癖を教えるから覚えるように」


まるで反省してなかった。


「あ、オレのもお願いね!!」


自分でする気はないようだった。

というか、この二人の筆跡と癖を覚えるって。悪用されるとか考えないのだろうか…と獄寺はぼんやりと思い、しかしそれをした後を考えて身震いした。きっと死んだ方がましな目にあわされる。


「どうした?」

「何でもありません」


ツナが懐中時計を取り出し、時刻を確認して仕舞う。


「そろそろいいかな。ごめんね獄寺くん、こんな寒い中立ち止まらせて。オレの勘だとこの道を真っ直ぐ行った三つ目の角で左に曲がると吉」

「…ありがとうございます。是非その道を通らせて頂きます」

「うん、そうして。…あ、これお土産ね。今日の仕事の分のお金はまた後日払うから」


ツナが紙袋を獄寺に渡す。獄寺は礼を言い、二人と別れた。

ツナに言われた通り道を真っ直ぐ進み、三つ目の角で左に曲がる。他の道ではたまたま他の警察の巡回や盗人が通ったりしていた。

そんなことは知らず獄寺は我が家へと帰る。明かりがまだ点いていた。ランプの油を補充したので夜でも明るい。


「ただいま」

「隼人兄!お帰りー!!」


孤児の最年長たるふぅ太が出迎えてくれる。他の子は寝てしまっているらしい。


「何だ起きてたのか?寝ててもよかったんだぞ」

「ううん!こんな時間まで隼人兄が働いてくれてるのに寝るなんて出来ないよ!起きて待ってる!!」

「そっか。ありがとな。…ああ、これ土産だ」

「え、なに…?わ、お菓子だー!!」


紙袋の中身を見て目を輝かせるふぅ太。スラム街で甘いものは貴重だ。それも紙袋いっぱいだなんて。


「明日、みんなで分けて食べればいい。喧嘩するんじゃねえぞ?」

「うん!分かったよ!あ、隼人兄お腹空いてない?シチュー温めるよ?」

「ん?…夕飯が残ってるのか?あいつらのあの食欲で?誰か具合悪いんじゃないだろうな…」

「違うよー!みんなに隼人兄の分は残してって言ったの!!」

「…あいつらがオレのために残したのか……?」

「そうだよー!みんな隼人兄のこと大好きだから!!」

「………」


今の仕事に就いて、獄寺は孤児のみんなと過ごす時間が減った。

無論その分収入はあり、家も豊かになったのだが…彼らとの心の距離は遠ざかった気がしていた。


だが…


「…大丈夫だよ隼人兄。みんな変わらず隼人兄のこと大好きだから。まあ、最近あまり遊べてないからちょっと拗ねてはいるけどね」

「そうか…」


知らず、笑みが零れる獄寺。椅子に座りテーブルに着くと疲れがどっと出てきた。


「ちょっと待っててね。すぐにご飯用意するから。………あ」

「ん?なんだどうした?」

「隼人兄ごめん。今日ランボが隼人兄の食器割っちゃったの。代わりに別の食器にするから」

「…ああ、何だそんなことか。丁度いい、これを使え」


言って、獄寺は紙袋と別に持っていた包みを渡す。


「なにこれ。重いけど…うわあ、立派な食器だねー。これどうしたの?」

「拾った」


あっさりとそう言う獄寺。ふぅ太は疑問も覚えず信じる。


「ふーん、世の中には勿体無い人もいるんだねえ。こんな立派なものを捨てるだなんて」

「まったくだな」


言いながら、獄寺は食器に盛られたシチューを食べた。これからこの食器はちびたちの手荒な洗礼を受け欠けていくのだろう。可哀想に。

そんなことを思いながら、獄寺は新たな家族の一員となった食器に目をやった。



―――――本日の盗品。食器セット。


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次は何にするかな。