ある日の並盛 夢編
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ある、麗らかな休日の午後。

獄寺は自室でうとうととしていた。

ここ数日の疲れが溜まっているのかもしれない。

ぽかぽかとした陽気が、獄寺を心地よい睡眠の世界に誘おうとした時―――…



ピン・ポーン



玄関に備え付けられている、チャイムが鳴った。

獄寺は一瞬どう出るか判断に迷ったが、眠かったのを言い訳に無視することにした。

チャイムは焦ったようにもう一度だけ鳴ったのだが、獄寺はそれも無視した。

暫しの沈黙………そして―――



ぶしょわぁあああぁあぁぁっ



獄寺の耳に、とてつもなく聞き覚えのある、かつ嫌な思い出を彷彿させるようなそんな音が響いてきた。

ばっと、獄寺は素早く身を翻し、窓を思いっきり開く。

ドアが開く音、とたたと廊下を駆ける音。そして聞こえてくる自分の名を呼ぶ姉の声―――


「ちぃいっ」


獄寺は迷わず窓から飛び降りた。ここは三階なのだが、獄寺は気にしなかった。

衝撃に足が痺れる。一瞬顔をしかめた獄寺だが、すぐにまた走り出した。一刻でも早く。一歩でも遠く。あの姉から離れなければ。

てっきり姉が急いで追いかけてくるものだと思っていた獄寺だが、一向に姿を現さないビアンキに疑問符を浮かべた。


「……?オレに用があったんじゃねぇのか?」


だからといって、それを確認するためにわざわざ戻る気も起こらない。獄寺はとりあえず一服と煙草を取り出そうとするが、残念ながら空箱だった。

ならば買おうかと思ったが、財布はあの部屋に置きっぱなし。ついでに家の鍵も。……それはもうあまり関係ないか。

仕方ない。と獄寺は諦めた。

適当に公園で時間を潰して、あの姉が帰った頃に戻るとしよう。


数時間が経過して。昼時を過ぎて。そろそろかと獄寺はベンチを立つ。獄寺はマンションに戻っていった。

獄寺の部屋のドア…というか、ドアノブは溶けていた。見るも無残だった。

獄寺は極力音を立てないようにしてドアを押して開く。靴を確認すれば、自分の物だけ。姉は…いないようだ。

ほっと溜め息一つ、獄寺は部屋に戻ってきた。台所に見える毒物の数々は――まぁあとで片付けることにしよう。

自室に戻る。窓はビアンキがだろうか、閉められていた。まぁまずはと煙草を取り出す獄寺。ニコチン摂取でストレス解消。

と、獄寺が一息ついたところで。



ガチャ。



玄関のドアが、開く音がした。


「…あら?隼人。帰ってきてたの」


悪夢再び。

獄寺はまたも窓から逃亡を図った。しかし開かない!!


(これもポイズンクッキングか!!)


そうこうしているうちに、ビアンキが自室まで入り込んできた。


「もう、いきなり逃げ出すなんて酷いじゃない隼人」

「ぎゃ―――――!!」


獄寺はビアンキを見て気絶した。



「………っ」


獄寺が目を覚ますと。そこは自分のベッドの上で。


(姉貴か…?)


身を起こして。すぐ横をなんとなしに見るとそこにはビアンキが作ったであろう毒々しい料理の数々があって。


(…もしかしてオレ、殺される?)


獄寺が自分の余命を悟りかけた時、ビアンキが入ってきた。とっさに目を背ける獄寺。


「隼人…起きたの」

「あ、ああ…一体何の用だ?姉貴。それにこの料理は――」

「今日…夢を見たの」

「―――夢?」

「そう…貴方が、食中毒で倒れる夢よ…それが正夢になったらどうしようと思って、私が料理を作りに来たの」

「………」


黙りこくる獄寺。けれどそれはビアンキの気遣いに感動するような愛に溢れるものではなく、今まさにそれが現実になりかけてる現状に絶望しているだけだった。


(どうしたもんか…)


困ったことに、姉には全く自覚がない。姉は本当に自分を心配してくれて、その結果の行動がこれなのである。


「さ…隼人」


何か料理を持って近付いてくるビアンキ。後ずさる獄寺。しかしすぐ後ろは壁。


「隼人、照れないで。大丈夫だから」


その発言全てを否定したい獄寺だったが、それどころではなかった。

料理を取っても。姉を取っても。どっちにしても死にそうであった。


「姉貴…マジ、やめ……」


究極の二択に狭まれ、獄寺の精神状態はぎりぎりだった。ついでに涙目だった。

そして。この日。


「っぎゃ―――――!!!」


本日二度目の、絶叫が上がった。


++++++++++

ビアンキの夢は正夢に………