第三者目線
4ページ/全5ページ


―――そんなことを、オレは血の海の中、血塗れの彼に抱きしめられながら思っていた。

なんてことはない。

ただ、また彼に助けられただけだ。

オレの命を狙うどこかのファミリーの回し者からの攻撃を、彼が庇ってくれただけだ。


こんなことは、情けない話、度々よくあることだった。

一つだけ、いつもと違う点があったとするならば。

彼の負った傷は、致命傷だということだろうか。


夥しい鮮血。


きっとこの中には、あいつに付けられた、見えない傷から流れる、見えない血も含まれていると思った。

それぐらい、多かった。


「どうして…」


思わず、口から言葉が漏れていた。

彼が少しだけ身じろぎする。


避けきれない攻撃ではなかった。

こんな傷を負わなくてはいけない敵ではなかった。

なのに今、オレの目の前で彼は死のうとしている。


彼は死にたかったのだろうか。

あいつを追いたかったのだろうか。

今までいつも通りだったのに。

あいつが死んでからも、笑顔だったのに。

心の奥底では、あいつの後を追いたくて追いたくて仕方がなかったのだろうか。

オレの呟きをどう捕らえたのか、彼は小さく言葉を放った。


「だって…オレは貴方を守るよう、あの人に言われてましたから」


ああ、そうか。

そうだった。

そもそも、彼を名指しして日本に呼んだのはあいつだった。

彼にとって、最初に受けたあいつからの任務なんだ。

死ぬのなら、オレを庇ってでもないと、駄目なんだ。


「…それなら、避けれる攻撃をあえて喰らうのは…駄目なんじゃない?」


別にこれは意地悪で言ったわけではなくて。

仮に死後の世界があるとして、そこであいつと彼が会えるとして。そこでこのことを言われたらどうするのかと気になっただけだった。

だけど。


「それは、オレを買い被りすぎてますよ」


なんてことを、彼は言う。

そんなことはないと、思うのだけれど。


「今までのオレなら、そうだったかもしれませんけど」

「今のオレでは、これが精一杯です」


なんてことを、彼は言う。

その意味がよく分からない。


「駄目なんです」

「あの人が死んでから、オレはおかしくなってしまった」

「何も分からなくなってしまった」

「感情が消えてしまった」

「あの人が死んで、悲しいも切ないもない。悔しいも怒りもない。何も感じない」

「他の奴等にも、何も思わない」

「空腹感がない。食事を取っても味が分からない」

「眠くない。薬を飲んで寝ても寝た気分がしない」

「音楽を聴いても。本を読んでも。仲間が死んでも何も感じなくなった」

「地に足が着いてる感触すら曖昧で」

「生きているのか死んでいるのかすら分からない」

「…死んだあの人がいないのだから、生きているんだろうな、と思ってましたけど」


と、彼はそこで大きく咽て、血の塊を吐いた。


「…もういいよ」


オレはそう言って、彼を止めた。

ああ、オレはボス失格だ。

あいつだけでなく、彼にも気付いてやれなかったなんて。