貴方の為に 祈ります
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―――すみません。

いきなり、こんなこといわれても。…何のことだかさっぱりですよね。

…でも、何の心構えもなくその場面に出会うよりかはいいと思いました。


―――10代目。


最初に言いましたよね。命はそれだけで尊く、そして重いものだと。

それを背負うなんて…しかも、何人もの命を背負うなんて。それはとても辛く苦しい事です。

出来る事なら、オレも貴方の重みを背負って。同じ苦境を共にしたいですけど。

…でも、これは。こればかりは。一人で背負って。耐えてもらうしかないんです。

奪った命は他人に任せてはいけませんから。…自分で、乗り越えないといけませんから。

…すみません。いつも、10代目の判断に任せますと言ってるくせに、こんな時だけ自分の意見を押し付けるなんて…最低ですね。

オレを嫌って下さっても構いません。


だから10代目、お願いします。


どうか、どうか……

命を、軽んじないで下さい。

重みを、分かって下さい。

その尊さを、理解して下さい…

お願い、です…


彼はきっと、必要最低限の命は奪いたくはないんだろう。

マフィアなんてやっていても。だからといって無差別に人を殺すなんて事はしなくて。

自分が…本当に本当にそうだと。奪うと決めた相手だけを。……殺して。

そして―――その人の命を背負って生きてきているのだろう。

そうでないならあの日。あんなことをオレに言うはずがないから。

彼は普段ならあんなことは絶対に言わない。あんなに強く、自分の意見をオレに押し付けるようなことは言わない。

いつもなら、"ああしたらどうですか"とか、"こうするといいですよ"とか。その方向へと導くような言い方で。最終的な決定権はオレにあるような、そんな言い方しかしないから。

でも。そんな彼がああ言ったのだから。…オレに嫌われるの覚悟で、そう言ったのだから。

あの日の話は。彼にとってそれほどまでの意味を持つ、という事だ。


…命の、尊さ。


そんなもの考えた事なかった。

でも…そうなんだ。オレが踏み入れる世界は、彼がいる世界は。そんな世界なんだ。

人の命が。幾つもの人の命が。失われてゆく世界なんだ。

その失われる命の尊さを、彼は知れと言った。

その尊さを知ったとしても。命を奪っていいことにはならないけど。

でも。きっと…これは最低限の礼儀なんだ。

これすらも守れなくなったら、きっとオレは戻れなくなる。


きっと道を踏み外す事になる。


マフィアだからといって、道を踏み外している訳じゃなくて。

本当に本当に道を踏み外すのは、きっと命の尊さを忘れてしまう事。そしてその命の重みに耐えられなくなって。奪った命を捨ててしまう事。

そうなったら駄目だと。そうなってしまったらいけないと。獄寺くんは教えてくれたんだ。


…一つ。深く。呼吸をして。教わった通りに銃の安全装置を外して。

―――その人の頭に。銃を構えて。


…今更ながらに手が震えてくる。標準が合わない。こんなに近い距離にいるのに、全然当たる気がしない。

どくんどくんと。心臓が早鐘のように高鳴っている。この静かな空間に響いてしまわないか場違いな不安をしてしまうぐらい。ああもう煩い。

―――落ち着け、沢田綱吉。解っているのか?自分が今から何をするのか。何をしようとしてるのか。

お前は今から………人一人の命を―――


―――――奪うんだぞ?


それをそうだと。理解して―――しかけて。思わず気が遠くなる。

手の力が一瞬抜けて。手から拳銃が零れ落ちそうになって。慌てて握り返して。

そこに背後で獄寺くんが動く気配を感じて―――それに驚いてだろうか。指がびくりと痙攣して。

そして。たったそれだけのことで。