過去と、これから
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…そこから先のページは真っ白で。それ以上の書き込みがなかったという事を示していた。

ぱたん、とオレはその本を閉じる。何年も経って、色褪せている小さなその本を。


これは獄寺くんの…在りし日の、獄寺くんの日記。


見てはいけないものを見てしまった気がした。…いや、実際そうなんだろうけど。

保健室の本棚に…シャマルの私物に、小さなそれがあって。

なんだろうって思って。見てみたら拙い字で「獄寺隼人 日本語練習帳」って。書いてあって。

オレはてっきり、あいうえおとか、手とか山とか。そんな一文字が延々続いているようなものだと思って開いてしまって。


でも。飛び込んできたのは、そんな。―――獄寺くんが過ごしてきた幼い日々。…全部、日本語。


驚いて。でも最初に書かれてあったのが、あまりにも可愛らしい日々だったから。思わず読んでしまって。

いつからか。その内容が周りに偏見されてるものになってきて。止めておけばよかったのに。オレは読んでしまって。

やがて。―――獄寺くんの受けてきた苦悩の日々が、出てきて…とうとう全部、読んでしまった。

―――ああ、どうしよう、オレ…


獄寺くんのその髪って、綺麗だよね。


あんなこと、言わなければよかった。彼はその髪でいらぬ中傷を受けた事もあったのに。


獄寺くんってさ、よく屋敷から飛び出たよね。―――勇気あるなぁ…


あんなこと、言わなければよかった。彼が一体どんな思いで家を出たか知らないくせに。


ねぇ獄寺くん、ピアノ弾いてよ。…聞きたいな、獄寺くんのピアノ。


ああ、オレは馬鹿だ。彼の思う心情などに眼を向けず。ただただ己が欲望を埋める為に彼にピアノを強制するなんて。奴らと同じではないか。

オレが自己嫌悪に浸っていると、廊下から誰かが走って来る音。

オレは思わず日記を元の位置に戻して。するとすぐに―――


「10代目!ご無事ですか!?」


なんて。いつもと変わらない獄寺くんがやってきて。


「え、うん!無事無事。少し転んじゃって、すりむいただけだから」

「そうですか…――あ、オレ手当てしますよ!!」

「いいから!……それよりもさ。獄寺くん…ちょっとこっち来て?」


オレの言葉に獄寺くんは頭に疑問符を付けながらも。オレのところへと歩いてきて。

オレは無抵抗な獄寺くんを引き寄せて。力いっぱい抱きしめる。


「えっ!?じゅ、10代目…?」


戸惑う獄寺くん。身を任せる事も払う事も出来ないものだから混乱している。

オレは彼を、獄寺くんを抱きしめる力を更に強めて。


「―――10代目?どうしたんですか?」


聞いてくる獄寺くんの声は、あくまで穏やか。…本当に、あんな過去があったのか疑ってしまうほど。


「……10代目、何か悲しい事でもありましたか?」


聞いてくる獄寺くんの声は、あくまで優しい。…あの日記に書かれていたことが、何かの冗談じゃないかって思えてしまうほど。



でもきっと、全部本当にあったことで。



「―――ねぇ、獄寺くん」

「…はい?」

「…ごく、でらくんは……」

「……………」


出掛けた言葉を思わず飲み込む。

…決死の思いで家を出て、それでその身を預ける相手が。

言われなき中傷を受けてきて、そんなキミが命を懸ける相手が。

その全てを持って―――尽くす相手が…



こんなオレで、いいのかって。



「――10代目?」


獄寺くんの声。途中で言葉が途切れてしまったオレを心配する声。

彼を抱きしめる腕が、ああ情けない。かたかたと揺れる。胸の中は不安でいっぱい。


「―――10代目」


さっきとまったく同じ台詞。けれどニュアンスは全然違って。彼はオレを安心させるように、オレを抱きしめる。


「オレは、貴方だから、沢田綱吉さんだから、仕えたいと思ったんですよ」


その、彼の言葉に。涙が出そうになる。


「…なんで、分かっちゃうかなぁ」


でも泣く姿なんて見せるわけにも、見られるわけにもいかないから。彼の首後ろに顔を持っていって。表情を見られないようにする。


「貴方のことなら、なんでも分かりますよ」


ぎゅっと、彼を抱きしめる力を強めて。


「へぇ…っじゃあ、今オレが考えてることも、分かる?」

「もちろんです」


獄寺くんは、ただでさえ近いのに。さらにオレの耳元に口を寄せて――


「オレは、幸せですよ」


その言葉に。今度こそ涙が零れた。


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ありがとう。とっても嬉しいよ。