この手を離す瞬間
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「助かった」
気付けば、すぐ目の前にリボーンさん。
はて。オレはいつの間に歩いたのだろう。全然記憶にない。
オレの腕は勝手に動きリボーンさんの前に帽子を差し出す。
「ありがとう」
なんて、生まれて初めて聞くような礼の言葉を言いながらリボーンさんが帽子に手を伸ばす。
だけどオレは……
オレはその手を、離せない。
「獄寺?」
帽子を引っ張ってもオレが手を離さないものだから、リボーンさんがきょとんとしながらオレを見上げる。
オレが手にしているのはリボーンさんの帽子だ。
だからリボーンさんが帽子を求めるのは正しい。
オレは、もしかしたらリボーンさんを探していたのかも…この帽子を届けに来たのかも知れない。
だからオレはリボーンさんに帽子を渡さないといけない。
なのにオレの手は、帽子を離してはくれない。
いや、手のせいにするなどオレらしくない。
オレが、自分の意志でリボーンさんに帽子を渡すまいとしている。
オレは何をしているのだろう。
相手はあのリボーンさんなのに。
それにリボーンさんは、この異質な空間で初めて会った人だ。
ここは一体どういうところで、
ここは一体どういう場所で、
オレたちに一体何が起こっているのか。
この方は知っているのかも知れないし、
知らずとも、二人で考えることだって出来るだろう。
この人は気難しい方だから、オレは機嫌を損ねないように立ち振舞わないといけないのに。
なのにオレは、手を離せないでいる。
だって、オレはきっと知っている。
この手を離したその瞬間。
この世界は終わり、
この空間はなくなり、
この場所は失われ、
―――そして、あなたとお別れだ。
だというのに。
リボーンさんが力を少し入れただけで、あっさりと帽子は持ち主のところへといってしまった。
オレは手を、離してしまった。
リボーンさんは早速帽子を被っている。
世界は何も変わらない。
だけど。
リボーンさんは踵を返し、どこかへ行こうとする。
「リボーンさん」
オレは思わず声を掛ける。
リボーンさんが振り向く。その顔は「どうした?」と告げている。
「…どちらへ?」
そう聞くオレに、リボーンさんは黙って親指で向かう方向を指してみせる。
するとその向こうに、いつの間にあったのか。
この白い空間の中、オレがくぐった灰色の扉など霞んで見えるほど目立つ―――異彩を放つ、扉がひとつ。
黒い、扉。
「この先だが?」
「オレも―――」
オレは一歩踏み出す。リボーンさんへ向かって。
「オレも一緒に行っても、いいですか?」
オレがそう聞くと、リボーンさんは少し驚いた顔をして…そしてすぐに笑って、否定する。
「そりゃ駄目だ」
「何故…」
「お前の扉は、そっちだ」
言われた方向を見てみると、そこには白い空間が広がるだけで何もない。
…いや、あった。
白い床。白い壁。それに紛れるように、隠れるように。
真っ白い扉が、そこにあった。
それを認識すると同時。
オレはその扉の前に立っていた。
自由になった右手でノブを掴む。
開いた先に広がるは闇。
オレの足は勝手に進む。
振り向けばリボーンさんはオレを見ていて。
「じゃあな」
なんて笑って言って。
オレの手は勝手に離れ。
闇の先に足を踏み入れ。
ドアの先にあるのは真っ暗な部屋ではなく、何もない空間だったらしく。
オレはそのまま落ちていった。
目を開けると、見慣れた場所にいた。
抗争の中心地。その場所にオレは倒れていた。
…よく生きてたもんだ。
起き上がる。右手が目に入る。
…はて。オレは気を失う前、何かを右手に握り締めたと思ったのだが…何も持ってない。
オレは辺りを見渡し、状況を確認する。
…あの人がいない。
死んでもない限り、あちこちを動き回るのは当然だと思うのだけれど。
何故だかオレは、もうリボーンさんと会えないような気がした。
++++++++++
あの扉の向こうは、どこへ繋がっているのだろうか。
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