狂った恋人
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それはそれは酷い有様だった。
血の海。地獄絵。…そのような感じだろうか。
その惨劇の中心部にいるのは…獄寺。
片腕は千切れかけ全身は血に塗れそれでもなお敵に向かって突っ込んでいく。
手加減なく容赦もなく。ただ狂った獣のように次々と敵を屠る獄寺。
辺りに響くは怒号と銃声。そして悲鳴。
飛び散る血潮に、誰もが正気を失わされる。
消えゆく生に、皆が命を奪おうとする。
尋常ではない空気を出し、そして最もそれにあてられているのはこの中で一番異物である獄寺だった。
獄寺は笑っている。遠くからでもここから見えるのは背だけであっても、気配で分かる。
明らかに尋常ではない怪我を負いながら獄寺は高らかに笑っている。
何がそんなに楽しいんだろうか。
あいつは既に狂ってるんだろうか。
だからオレたちを裏切ったんだろうか。
「―――どうしてツナを殺した。獄寺」
小さく呟くと同時に、獄寺の腕が吹っ飛んだ。
けれど獄寺は気にしてないように。…まるで痛みを感じてないかのように、残った方の腕で近付いてきた男を殴った。
悲鳴が上がって、獄寺はもう一発殴った。男は倒れた。獄寺は笑っていた。
…ろくに目も見えてないくせに、よくやるもんだ。
近くの事は場の雰囲気でなんとなく読めているのかもしれない。
けれどそれはあくまで近くの事に関してだけだ。だからほら、撃たれた。
だけどすぐにまた立ち上がる。よろけながらも肉体を破損しながらも立ち上がる。
手元に武器がないからか、獄寺は目の前にいた奴の銃を奪って脳天に風穴を開けようとした。
けれどそれは無理だった。引鉄を引くための指が千切れていたから。
それに気付いているのかいないのか、とにかく獄寺は撃つことは諦めて目の前の奴の頭を打った。
と同時に獄寺は足を撃たれた。
倒れる。
獄寺はまた立とうとする…けれど遅い。
奴らの銃口は全てが獄寺へと向けられている。獄寺がそれに気付くよりも先に撃たれて殺される。
………。
ああ、もういい獄寺。
休め。
「伏せろ」
オレは手榴弾を投げた。
爆発音が広がった。
残党はオレが撃ち殺した。
そのほんの数秒の間に、生きてる奴はオレと獄寺だけになった。
けれどそれを獄寺が理解しているはずもなく。
あいつは脳天に疑問符を浮かべながら動こうと立とうともがいている。
真っ赤な身体。溢れ出る血潮。
獄寺はそれをどうにか止めようと塞ごうとしている。…が、残っていた腕も先程の爆発で吹き飛んでいる。それでどうして止めれよう。
そんな身体でも獄寺は立とうとしていた。無理だと言うのが分からないらしい。傍から見て滑稽だった。笑えないが。
…あいつは一体どこに行こうというのか。
既にこの建物の中には、生きてる奴はオレと獄寺しかいないというのに。
オレたちの組織と敵対していたファミリー…それに単身突っ込むとは、なんて愚か。
獄寺のツナ殺しとどこか関わりがあるのか…それとも本当に狂ってしまって意味なんてどこにもないのか。
…まぁ、意味があろうとなかろうとすぐに消えるんだが。
オレはどこかへ行こうとしている獄寺の肩を掴んだ。
―――…。
お前そんな…無垢な顔をするな。
さっきまでの狂ってたお前はどこに行った。
あいつだったら、オレはなんの躊躇いもなしにお前をさっさと殺せただろうに。
…ったく。
オレは教え子であり、仲間であり。…恋人であった獄寺を抱き寄せた。獄寺の身体は血液を大量に失ったからか冷たかった。
そして獄寺の胸元に銃身を当てる。
それであいつはオレが分かったのだろうか?嬉しそうに笑った。
…その顔は場違いにも程があるぞ。獄寺。
オレは引鉄を引いた。
あいつの唇が動いて声のない言葉を紡いだ。
あいつの胸から赤い花が咲いた。
最後のときまで微笑んでいたあいつは、やっぱり狂ってたんだろうか。
最後のときまで涙も流さないオレは、やっぱり狂ってるんだろうか。
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狂ってるんだろうな。やっぱり。
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