無害な吸血鬼
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目の前のその人は、忙しそうだった。
驚いて、止まって、考えて、困惑する。
そして、一言。
「…どういうこと?」
さあ。
と言いかけたが、どうやらその人はオレに言ったのではなく自分自身に言ったらしい。あるいは自然に口から出ただけか。
「………いや、うん、ごめん、オレの早とちり。勘違い」
はぁ。
その人は何かを勝手に納得する。その口は何かをぶつぶつと呟いている。聞く気はないが、言葉は勝手に耳に入ってくる。あるわけないあるわけないこんなこと。なんのこっちゃ。
「ご、ごめんねいきなり。驚かせちゃったでしょ」
「いえ、別に」
「改めて。オレは9代目の孫で時期跡継ぎの綱吉。沢田綱吉って言うんだ。キミは?」
「獄寺」
「はい!?」
その人は…綱吉さんはまた驚いた。
「オレの名前は、獄寺と言います」
もう一度名乗る。綱吉さんは「不可解」という顔をしている。
「し、下の名前は!?」
「下の名前?」
「そう!獄寺って名字でしょ!?下の名前は!?」
「ありません」
「ない…?」
「はい」
リボーンさんがオレを獄寺と呼ぶ。だからオレは獄寺だ。オレの名前はそれだけだ。上の名前も下の名前もない。
「じゃ、じゃあ五年前!五年前何してた!?」
「五年前?」
急にそんなこと言われても。多分リボーンさんの城にいたのではないかと。いつも通り。
ああ、リボーンさんといえばリボーンさんは今頃何をしているのだろう。リボーンさんは変わらずどこかへ出掛けている。
…て、いかんいかん。今は人前だった。話し相手をするのだった。
「五年前、何かあったんですか?」
「…うん」
綱吉さんは暗い顔で頷く。
「オレの友達が、ね。家族で旅行に行って………そのまま行方不明になったんだ」
「それはお気の毒に」
「その友達の名前は獄寺…獄寺隼人って言って…」
綱吉さんは一度言葉を区切った。そしてオレの目を見据えて言う。
「そして獄寺くんは、キミにそっくりなんだ」
「………」
真面目な顔でそう言われても、オレには全く心当たりりはない。
しかし真剣に言われているのだ。オレも真剣に対応しなければならない。ような気がする。
オレは五年前を真面目に思い出す。といってもあの城にはカレンダーどこらか時計すらない。時間の流れは掴みにくい。
まぁ、季節を数えればいいのだろう。昔を思い出す。時を遡る。花が咲き雪が降り虫が鳴き暑くなる。それが何度あったか。
指折り数えて、五年前を思い出す。
ふむ。
五年前といえば、丁度オレが目覚めたときだった。
これは濃厚だな。
「それでね、」
沢田さんさんが言葉を続ける。
「キミは…キミの姿は、五年前の獄寺くんと全く同じなんだ。年の頃、背格好、全てが…」
綱吉さんの言葉に思い出されるのは、例のあの本。吸血鬼の生態。
曰く。吸血鬼になった人間は、血を吸われたときから年を取らない。
目の前の綱吉さんの年の頃は14、5程。
対してオレは、外見は10にも満たない子供の姿だった。
そしてオレの身長は、一ミリたりとも伸びたことは、ない。
オレの頭はこの繋がりを偶然で片付けるほどめでたくはない。きっと綱吉さんのいう友達の獄寺隼人とやらはオレのことなのだろう。
どうやらオレは、元は人間で、家族がいて、友達もいて。
けれど五年前旅行に行った際に何かがあって、リボーンさんに血を吸われて。そのまま吸血鬼になった。っぽい。
オレとしてはそんな事実どうだっていいが、綱吉さんの顔を見るに、今日にでもリボーンさんに事情を聞き出そうと考えているようだった。
リボーンさんの迷惑になるのは困るなぁ。と、オレはぼんやりと考えていた。
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