無害な吸血鬼
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誰にも見つからないように気を付けながら、オレは屋敷を飛び出した。分厚い雲が辺りを覆っている。風が生ぬるい。近いうち雨が降ってきそうだ。

外に出て分かったのは、ここはあの城の近くの街だったのだ。ということだ。

…ああ、ここはあの街一番の屋敷だったのか。

街の位置を確かめながら、オレは歩き出す。

街中にはまばらにだが人がいた。


視線を感じる。


じろじろと。しかし目を向けるとばっと反らされてしまうような。

…ああ、そうだ。フード。

いつも街に行くときオレはフードを被っていた。髪と顔を隠すように。

今の服にはフードはついてない。困った。

しかし今さら戻るわけにもいかない。視線は気にしないようにして、早く城に向かうとしよう。

歩く歩く。歩き続ける。裏道とか知っていればそちらを通ったのだが、行きつけの店以外オレは道を知らない。ああ、オレは五年間何をしていたのか。

天気は曇り。湿っぽい風が吹いていた。雨が近いのかも知れない。


視線を感じる。視線を感じる。


奇異の視線。奇異の目線。髪の色が不吉だと、目の色が不気味だと、その目が言っている。

…前にも、こんなことがあった気がする。

不意に、目の前の風景が切り替わる。ここではない、どこか知らない町。

歩けば石を投げられた。話しかければ無視された。盗みがあれば疑われた。

笑顔を向けられたことはない。名前を呼ばれたことがない。憎まれ、嫌われ。悪意の中を生きていた。


馬の嘶きが聞こえて、はっと我に返った。


…なんだ?今の。

今のは…よもや五年前までの、人間だった頃の…オレか?

よう知らんが、苦労してたんだな。

人が集まってくる。

だが彼らはオレを見ていない。

馬が暴れて、馬車が壊れたらしい。

中に誰かが乗っていたのか、壊れた馬車の中から人の腕が伸びていた。


―――知っている。

その光景を、オレは知っている。

雨が降ってきた。

頬にぽつぽつと水滴がかかる。

知っている。

同じ光景を、昔、見たことがある―――


馬車の中。

ヒステリーに叫ぶ姉。

たしなめる母親。

運転を崩す父。


オレはその様子を、黙ってじっと見ている。


頭が重い。

気分が悪い。

腹が、痛い…