無害な吸血鬼
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梟はある部屋の中にすっと消えた。そこはリボーンさんの部屋だった。

扉を開け放つとそこにはまるで自分の部屋のように椅子に座る骸の姿。

ああもう雲雀といいこいつといい、どうしてリボーンさんの部屋に来たがるのか!!確かにその椅子座り心地よさそうだけど!!


「来ましたか」

「この部屋から出ろ」


骸は言われた意味が分からないのか、きょとんとした顔を作った。


「ここはリボーンさんの部屋だ。出ろ」

「おやおや…」


骸が含み笑いをこぼす。


「いい調教してますね。あなたの飼い主は」


骸が立ち上がる。


「せっかく人間だったときの記憶を呼び起こしてあげたのに、心は飼い犬のまま」


…ああ、急に昔のことを思い出したと思ったらこいつが一枚噛んでたのか。ならこの体調もこいつのせいかな。


「人間の頃の知り合いなら、見捨てるわけにもいかないでしょう」


10代目のことか。

別に、記憶なくても来たと思うけどな。てか、10代目思い出したのここ来てからだし。


「…オレを殺して、リボーンさんも殺すつもりか」

「そのつもりですが。命乞いですか?」

「オレもリボーンさんも、人間に危害を与えてないし、与えるつもりはない。…それでも殺すと言うのなら、オレだけにしろ」

「クフフ、嫌です。吸血鬼の言うことなんて信じられませんし、仮に本当でも未来は分かりません。吸血鬼は恐ろしい」


恐ろしい…ねぇ。


「…元人間のオレから言わせてもらえば―――…」


汚いものを見るような目で見て。

陰口を散々言って。

人を人と思わないような態度を取って。

そのくせ表向き私は虫一匹殺せません。と言う顔をしてみせる。


「人間の方が、よっぽど恐ろしい」

「おや。親御さんにも同じことが言えますか?お世話になったでしょう」

「はっ」


思わず笑いが出た。

どうやらこいつは、オレの記憶を呼び起こすだけ呼び起こしておいて 、内容までは知らないらしい。

人間の生活は。親子は。みな幸せなものだと信じているらしい。


なんて、おめでたい。


…10代目が言っていた、オレが行った家族旅行。

あれは、実際にはそんなんじゃない。

確かに、周りには旅行だと言っていた。オレも旅行だと言われた。


疑うべきだった。

信じては、いけなかった。


…オレは昔からそうだ。反省をしない。なにも学ばない。


信じては、踏みにじられて。

すがっては、叩きつけられて。


妻しか愛していない父。

娘しか愛していない母親。

姉は…もしかしたらオレを愛していたのかもしれない。

だがそれは歪んだ愛だった。毒物を差し出される毎日。

それでもオレは、彼らを、家族を信じようとした。好かれようとした。

何度諦めて、何度また信じただろう。

結局オレは最後まで馬鹿なままだった。


―――今度、海に行くわよ。


出掛けるときは姉しか連れていかなくて、オレをいつも置いていった、オレと血の繋がってない母親がそう言った。


―――早速馬車を借りないとな。


オレがいくら話しかけても反応しなかった父が、オレにそう言った。


―――楽しみね、隼人。


家族が、オレに笑いかけてくれた。

それを、信じた。

だけど、違った。違ったんだ。


オレは、ただ、売られただけだった。