深く出来た溝の埋め方
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「…あいつ、どうしたんだ?」

「さて。……それでリボーンさん。彼女からは好きに生きたらいいと言われましたが…」

「…そうは言われてもな。他の生き方など急に言われても、オレは……」

「でしたら…そうですね。ここでこんなこと言ったらこれが目的なんじゃないかって思われそうで嫌なんですが…」


言いながら、獄寺はまた鞄の中に手を入れる。


「よろしければ、どうぞ」

「これは?」

「実はオレ、ピアノの嗜みがありまして。今度演奏会を開くんです。その招待チケットですよ」

「ぴあの?」

「ええ。スラム街でピアノなんて珍しいですか?娯楽が少ないからか、結構みんな楽しみにしてくれてるんですけど」

「………獄寺」

「はい?」


チケットをじっと見つめていたリボーンが顔を上げ、獄寺に問う。


「ぴあのって、なんだ?」

「……………」


獄寺はゆっくりと顔をツナへと向けた。

何も言わなかった。

だけどその眼は語っていた。


お前はリボーンさんにピアノの存在すら教えず、仕事ばかりさせていたのか。


「ごめんなさいすみません申し訳ありませんでした!!!」


ツナは謝った。


「…百聞は一見に如かず。でしょうか。よろしければ来てください」

「………ああ。構わないか?ツナ」

「是非行って来て下さい。見聞広めまくって来ちゃってください!!」


もうツナは卑屈だった。


「10代目も来てくださって構いませんよ?スラム街の無骨な演奏会でよろしければ、ですが」

「招待してもらえるなら是非行かせてもらうよ。…これを機に、街のみんなとの溝を埋めたいとも思う」

「……………」


ツナの突然の言葉に、獄寺が探るようにツナを見る。


「キミたちがオレたちを信用してないことは知ってる。それで防げるはずの事故が起きていることも知ってる。…信じてもらえないかもしれないけど、オレは街のみんなを守りたいんだ」

「…それで送り込んだのが、リボーンさんですか」

「そ、それは…」

「ああ、それはだ獄寺。オレが志願したんだ」

「リボーンさんが?」

「丁度仕事が終わって戻ってきてな。この街にならず者が増えてるって聞いて、オレから行くと言ったんだ」

「………」


確かに、街のごろつき退治だなんて特殊部隊アルコバレーノの仕事としてはあまりにも不似合いだ。

任されたとは考えにくいが、自分から志願したとあれば一応話は通る。


「…何故、志願したんですか?」

「お前ら、困ってたんだろ?」

「困ってましたが…」

「オレには助けられるだけの力があった。だから志願した。それだけだ」

「………」


事も無げにリボーンは言ってみせるが、それは長らくマフィアを頼らず生きてきた獄寺にとって衝動的だった。

困っている人がいて、自分には助けれる力があって、だから助ける。だなんて―――

それは、あのスラム街のルールとまったく同じもの。

それを、ずっと敵として見てきた、マフィアとして生きてきた人間も持ってるなんて。

マフィア全てを恨んでいないのは獄寺の本音だ。しかし信用するしないとなれば、また話は別。

だから自分たちは彼らをいない者として扱ってきたというのに。なのにリボーンは、そんな自分たちを助けるために来てくれた。


「…あはは」


思わず、獄寺は笑っていた。

なんて、心優しい少年。

いや、この人が優しいことなんて初めから知っていた。

どうして、アルコバレーノたるリボーンが記憶を失うほどの怪我をしたのか。

ツナもマーモンも知らないだろう。恐らくリボーンは自分からは言わないだろうから。

だけど情報屋たる獄寺は知っている。

リボーンは、スラムに住む子供を庇って怪我をしたのだと。

その子供は庇われたことすら知らない。獄寺は目撃情報と住民の立ち位置を推測して、その答えを導き出した。

間違いはないだろう。そうでなければあの程度のごろつきにリボーンが傷を受けるわけがない。その証拠に他のごろつきは瞬殺された。


「…何笑ってるんだ?獄寺。オレは今、何かおかしなことを言ったか?」

「いいえ」


獄寺は笑い声を潜め、けれど笑顔で。


「思われるのが嬉しかっただけですよ。…ありがとうございます」


言って、獄寺はリボーンの頬に軽く口付けた。

これがボンゴレとスラム街の、交流の始まり。


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ひとまず、今度の演奏会はいつも以上に頑張りますね。