深く出来た溝の埋め方
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「暫く、ここで身体を休めてください」


夕食を持ってきた獄寺は、何も思い出せず影を落とすリボーンにそう告げた。


「獄寺…しかし……」

「右も左も分からない子供を治安の悪い外に放り出すほど、オレは鬼ではないつもりです」


きっぱりとそう告げて、獄寺は優しい笑顔を見せる。


「オレからもリボーンさんのこと、調べてみます。…まあ、知り合いに聞く程度なので何も分からないかもしれませんが」

「だが…オレはお前に何も出来ないのに…お前の迷惑に……」

「今のリボーンさんにして頂きたいのは、早く怪我を治すこと、です。それにこのスラム街では困ったときはお互い様っていうルールがありますから。気にしないでください」

「だが……」


獄寺の言葉に戸惑いながらも、なおも遠慮がちなリボーンに獄寺は更に言葉を重ねる。


「それともオレが信用出来ませんか?」

「そんなことはない」


リボーンはきっぱりと答えた。


治安の悪いスラム街の一角。子供とはいえ怪我人を助ける余裕があるほど裕福とは思えない。

なのに獄寺はリボーンを助け、貴重であるはずの薬と食料、そして寝床を分け与えた。

記憶のない厄介者を。何の見返りも用意出来ない、何の関わりもないにも関わらず。


記憶がなくとも、知識として知っている。


こんな状態の子供、見捨てられて当然のはずなのに。

厄介事など、誰も引き受けたくないに決まっているのに。


「なら、いいじゃないですか。子供は大人を頼るものですよ?」


少し悪戯っ子っぽい笑顔を見せながら、獄寺は当たり前のようにそう言った。


「…いいのか?」

「そう言ってますよ。…少し前ならともかく、今は本当に治安が悪いんです。一人には出来ません」

「何かあったのか?」

「さて。何があったのか、どこからともかくごろつきが現れて居座ってるんです」

「そういう問題事をどうにかしてくれる奴とかいないのか?」

「…一応、この街をシマにしているファミリーがいるにはいるんですけど…ね」


獄寺は少し遠い目をする。


「…いるにはいるが…どうした?」

「やる気があるのかないのか、それとも間が悪いのか…どうにも対応がどこかズレていたり遅かったりするんですんですよね」

「そうなのか…」

「ええ。なので、このスラムでは住民同士で身を守るようにしてるんです。意外かも知れませんが、結構結束力あるんですよ?ですから、リボーンさん一人ここに置くぐらいなんてことありません」

「…分かった。……なら、すまないが…頼む」

「ええ、頼まれましょう」


くすくすと笑いながら、獄寺はパンをちぎってスープに浸した。

リボーンも同じようにして、食べた。


なお、その後二人はひとつしかないベッドを譲り合って盛大に揉めた。

片や怪我をしている子供のリボーン。片や家主であり女性である獄寺。

寒い冬の夜を、ソファですまさせることを二人はよしとしなかった。更にストーブもひとつしかなかった。

激しい言い合いになったあと、妥協案で同じベッドで眠ることとした。

獄寺はリボーンの怪我の回復が遅れると反対したが、結局は折れた。その夜は獄寺の予想以上に冷えたからだ。

小さなベッド、それでも小さな子供と華奢な女性はどうにか入り、二人は身を寄せながら眠った。

とても寒い冬の夜、けれどそのベッドの中はとてもあたたかかった。