愛に泣いた朝
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「あんなに一生懸命に楽器を演奏してて。それがまるでオレだけに向けられてされているようで。聞いてて、心地良かった」
「ほ、本当!?」
「嘘言ってどうする…で、そいつはオレにハーモニカを突き付けて。今度はオレに演奏して見せろと、そう言った」
「うぐ…っ」
「あれは見物だったなぁ。ぽかんとしてて。まさに間抜け面とはああいうのを指す」
「言いすぎ…」
「はいはい。…でも、そうだな…楽器を演奏するなんて、本当に久しぶりだった。おかげで上手く出来なかった」
「あれでっ!?」
「だから嘘言ってどうする…それで、そいつはオレを祭りに誘った。…祭りなんて、初めてだった」
「――え」
「まだここにいる前にも、祭りを見たことはあった。けど、それはいつも遠くから見ているだけだった」
「なんで…」
「罪が、楽しい場所に行けるとは思わなかったから」
「――っ」
「泣くなよ。ツナ。…だからな、オレは初めて祭りに行けて―――」
とてもとても、楽しかったんだ――
―――ぱきり。
「…なぁツナ」
「――ん?」
「どうして…オレは…いま」
「…うん」
「どうして、オレは罪なのに、それなのに…」
「――うん」
「オレはどうして――…幸せ、なんて思ってるんだろうな」
―――ぱきり、ぱきり。
「…獄寺くんは、今までさ、こうやって、誰かに思い出話をすることすら、したことなかったんでしょ?」
「…そりゃあ」
「幸せっていうのは、きっととてもとても些細なことでも感じられるもの。でも、獄寺くんはそれを感じようとはしなかった。感じるのを許さなかった」
「……」
「だから。それに気付いたら、それはきっと、その量に多すぎて戸惑うほどの、幸せを感じられるんだよ」
「……」
「一生分には程遠いかもしれないけれど。でも、獄寺くんは幸せになれたよね。オレも手伝うから。だから獄寺くん。幸せになろう?呪いを解こう?」
「……ツナ」
「え……わっ」
獄寺くんは、オレの頭をくりゃりと撫でて。
「…ありがとな」
そう、穏やかな声で、言ってきた。
「――でも、お前に手伝って貰わなくても、良いみたいだ」
「…え?」
獄寺くんは、両手を、左足首の鎖に持ってきて。
鎖を、手と手に取って。そのまま引っ張った。
鎖が、砕け散った。
「え…え?」
オレはわけが分からなかった。
だって、獄寺くんは二人分の幸せを、幸福を体験しないと、呪いは解けないのに。
「――馬鹿は、オレだったんだ」
砕けた鎖は、さっきまでの真っ赤な色を脱ぎ捨てて、真っ白な光になって。獄寺くんを包み始めていて。
「――幸せなんて、もうこの手に持っていたんだ。ただオレが認めないだけで。あいつらに、お前に、もう貰っていたんだ」
消える。獄寺くんが消えていく。少しずつ、少しずつ。
「――オレは、もうきっと。もうお前とも逢えないだろうけど…」
ああ、分かってたんだ。彼も。呪いが解けても最早人に成れないことを。
…オレと逢えないから、呪いが解けなくても良いなんて言ってくれたのかな、なんて。考えすぎかな。
「…ああ、でも、だからこそ、最後にやって見るかな?柄にもないことを」
「――え?」
彼は。獄寺くんは。こっちを見て、そして――ぎゅっと、オレに抱きついた。
「な――!?」
「なんだツナ。オレには抱きついておいて、自分は抱きつかれるのは慣れていないのか」
「だ、だって獄寺くんがそんなことしてくるとは思わなかったもん!!」
「――…」
「獄寺くん?」
「…ん?ああ、人に抱きつくなんて、初めてだから…なんか、落ち着くな」
「…獄寺くん」
「――ツナ」
見れば。獄寺くんはもうほとんどその姿を消していて。
「ありがとな――」
なんて。そんなことを照れた笑いと一緒に言って。そして…
――パァンッ
弾けて、消えた。
今まで獄寺くんがいた所には、彼の元であったであろう人骨があって。
見上げれば、彼の髪と同じ銀の光が、紅葉の葉と一緒に空へと上がっていた――
…こうして、独りの魔物の長い永い呪いは――
とうとう、解けた。
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オレはその場でまた泣いて。
気がついたら、朝になっていた。
…そして。彼を見つけた。
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