愛に泣いた朝
2ページ/全3ページ


「あんなに一生懸命に楽器を演奏してて。それがまるでオレだけに向けられてされているようで。聞いてて、心地良かった」

「ほ、本当!?」

「嘘言ってどうする…で、そいつはオレにハーモニカを突き付けて。今度はオレに演奏して見せろと、そう言った」

「うぐ…っ」

「あれは見物だったなぁ。ぽかんとしてて。まさに間抜け面とはああいうのを指す」

「言いすぎ…」

「はいはい。…でも、そうだな…楽器を演奏するなんて、本当に久しぶりだった。おかげで上手く出来なかった」

「あれでっ!?」

「だから嘘言ってどうする…それで、そいつはオレを祭りに誘った。…祭りなんて、初めてだった」

「――え」

「まだここにいる前にも、祭りを見たことはあった。けど、それはいつも遠くから見ているだけだった」

「なんで…」

「罪が、楽しい場所に行けるとは思わなかったから」

「――っ」

「泣くなよ。ツナ。…だからな、オレは初めて祭りに行けて―――」


とてもとても、楽しかったんだ――


―――ぱきり。


「…なぁツナ」

「――ん?」

「どうして…オレは…いま」

「…うん」

「どうして、オレは罪なのに、それなのに…」

「――うん」

「オレはどうして――…幸せ、なんて思ってるんだろうな」


―――ぱきり、ぱきり。


「…獄寺くんは、今までさ、こうやって、誰かに思い出話をすることすら、したことなかったんでしょ?」

「…そりゃあ」

「幸せっていうのは、きっととてもとても些細なことでも感じられるもの。でも、獄寺くんはそれを感じようとはしなかった。感じるのを許さなかった」

「……」

「だから。それに気付いたら、それはきっと、その量に多すぎて戸惑うほどの、幸せを感じられるんだよ」

「……」

「一生分には程遠いかもしれないけれど。でも、獄寺くんは幸せになれたよね。オレも手伝うから。だから獄寺くん。幸せになろう?呪いを解こう?」

「……ツナ」

「え……わっ」

獄寺くんは、オレの頭をくりゃりと撫でて。

「…ありがとな」

そう、穏やかな声で、言ってきた。

「――でも、お前に手伝って貰わなくても、良いみたいだ」

「…え?」

獄寺くんは、両手を、左足首の鎖に持ってきて。

鎖を、手と手に取って。そのまま引っ張った。


鎖が、砕け散った。


「え…え?」

オレはわけが分からなかった。

だって、獄寺くんは二人分の幸せを、幸福を体験しないと、呪いは解けないのに。

「――馬鹿は、オレだったんだ」

砕けた鎖は、さっきまでの真っ赤な色を脱ぎ捨てて、真っ白な光になって。獄寺くんを包み始めていて。

「――幸せなんて、もうこの手に持っていたんだ。ただオレが認めないだけで。あいつらに、お前に、もう貰っていたんだ」

消える。獄寺くんが消えていく。少しずつ、少しずつ。

「――オレは、もうきっと。もうお前とも逢えないだろうけど…」

ああ、分かってたんだ。彼も。呪いが解けても最早人に成れないことを。

…オレと逢えないから、呪いが解けなくても良いなんて言ってくれたのかな、なんて。考えすぎかな。

「…ああ、でも、だからこそ、最後にやって見るかな?柄にもないことを」

「――え?」

彼は。獄寺くんは。こっちを見て、そして――ぎゅっと、オレに抱きついた。

「な――!?」

「なんだツナ。オレには抱きついておいて、自分は抱きつかれるのは慣れていないのか」

「だ、だって獄寺くんがそんなことしてくるとは思わなかったもん!!」

「――…」

「獄寺くん?」

「…ん?ああ、人に抱きつくなんて、初めてだから…なんか、落ち着くな」

「…獄寺くん」

「――ツナ」

見れば。獄寺くんはもうほとんどその姿を消していて。

「ありがとな――」

なんて。そんなことを照れた笑いと一緒に言って。そして…


――パァンッ


弾けて、消えた。

今まで獄寺くんがいた所には、彼の元であったであろう人骨があって。

見上げれば、彼の髪と同じ銀の光が、紅葉の葉と一緒に空へと上がっていた――

…こうして、独りの魔物の長い永い呪いは――

とうとう、解けた。


++++++++++

オレはその場でまた泣いて。

気がついたら、朝になっていた。


…そして。彼を見つけた。