名の亡き曲
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広い海が視界一杯に広がる。海鳥が自由気ままに飛び回っていて。なんて平和で、なんて―――悲しい。

ここは海の近くの小高い丘。そこには彼が、眠っていた。

小さな墓標。掛けられたチェーンのシルバーアクセサリ。慣れてきたイタリアには違和感を覚える、けれど懐かしい…彼の名前。


獄寺隼人。享年14歳。結局彼は死んでいた。


彼は、獄寺くんは。神父にあの曲を教えて、手紙を渡した後。急に高熱を出してこの世を去ったらしい。

全く。獄寺くんはいつだって自分勝手なのだから。何が また、です だよ。…馬鹿。

残されたオレが。どれほどキミを想ったと思ってるの。

オレは彼の墓標の前に座り込み。彼がオレに託した手紙を開く。

見慣れた、懐かしい字。怪我が原因なのか、どこか歪で、曲がっていて…

不覚にも、枯れ果てたはずの涙が零れた。



10代目、貴方がこれを読んでいる頃には。きっとオレは死んでいるのでしょうね。

貴方の前にはオレはいないのでしょうが、またという約束を今守りましょう。

あのピアノの物語の続きです。――結構、あれは後味の悪い話ですよ?それでも聞きますか?

聞きたくなかったら、閉じた方が良いです。…物語は聞かない方がきっと救いがありますよ?



―――聞きますか。それともこれは、何年も経った後なのでしょうか。オレにはわかりませんが…では話しましょう。



少年は、魔女の言葉に耳を貸します。…娘の為なら、命すらも惜しくはないと。そう言って。

魔女はならばと、少年に薬草と、短剣を手渡しました。

娘に薬草を飲ませれば、短剣は自動的に少年を刺して。その命を中に封じると魔女は教えました。

魔女はさらにと。少年に魔法を掛けました。娘を想う限り続く魔法。娘を思えば想うほど、寿命が増えていく魔法。

それは少年の命の価値を、少しでも高くしようとした魔女の魔法――呪いでした。

けれど少年にはそんなこと関係ありません。一目散に村へと帰って。娘に薬草を見せました。これがあれば助かると。そう言いながら見せました。

娘はそれがこの近くに生えない薬草だとすぐに分かり、少年に問いました。どうして、このような高価な薬草がここにあるのでしょうと。

少年は答えました。魔女に貰ったと。己の命との代価とのことは流石に伏せて。

でも、娘はそのこともすぐに見抜きました。もしも自分がその薬草を口にしたらなば、少年はたちまちに死んでしまうと。そしてその命を奪うのが短剣だとも。

娘は短剣を手に取って。悲しげに微笑んで。少年に言いました。


この想いは伏せて逝くつもりでしたが…ここまで私を考えてくれた貴方に、最早隠す事は出来ません。

笑わないで聞いて下さいまし。私は―――貴方の事を、ずっとお慕い申し上げておりました。


娘はそう言うと、手にした短剣で。その喉元を貫きました。

少年は唖然とし、そして絶叫を上げました。いなくなってしまった娘を思い、もう逢えない娘を想って。

少年は自殺を図ります。愛しい娘のいないこの世界には、もう何の希望も持てなかったからです。

けれど―――…少年が自殺を図ろうとする度に、娘の命を奪ったあの短剣が邪魔をします。お前を殺すのはオレの役目だと言わんばかりに。

短剣が自殺の邪魔をして。言います。お前を殺させろ、早くお前を殺させろと。

しかし短剣が少年を殺すには、娘に薬草を食させねばなりません。その娘は、その短剣により死んでしまいました。

短剣にはそんなこと分かりません。探検が望むのはただ一つ。少年の命。


殺させろ、殺させろ。早くお前を殺させろ。


少年とて。殺してくれるのなら殺して欲しいです。娘のいない世界には耐えられません。


殺してくれ、殺してくれ。早くオレを殺してくれ。


少年は娘を想い、魔女の呪いにより寿命は増え。天命に召される事も出来ません。

自殺を図ろうとも、短剣が全てを邪魔します。少年を唯一殺せる短剣は、皮肉な事に少年をずっと生かしてるのです。

こうして少年は人間が望み、求める不老不死となり。今も亡き娘を想って。どこかで生きているのです。


―――おしまい。


…ね。10代目。この話、後味が悪くて。聞かなかった方が救いがあったでしょう?