望みし手にし
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「…お前ね。オレを誰だと思ってるわけ?天下のシャマル先生に隠し事は不可能なのよ」


茶化すようなシャマルの声には怒りを通り越して呆れてしまう。あとオレそんなに分かりやすい?


「分かりやすい。なんつーか考えてることがリアルタイムで顔に書かれてるって感じで」


なんてことだ。これは今後の課題として直して行かねばピンチだオレ。


「ともかく。今日お前んちに泊まるから。なんならお前さんがオレんちに来てもいいけど」

「シャマルんち?ごめんだな。なにされるかわかったもんじゃねー」

「ガキ相手になにもしねぇよ。…つーかこのオレが住処を教えるってかなりのことよ?その辺理解してますかお坊ちゃま」


子供扱い率が上がってきたのでオレはとりあえずシャマルの顎下を思い切りアッパーしておいた。

ガキだからって舐めんな。



その後マジでシャマルはオレの住んでるマンションまで来て晩飯作ってオレの傷の手当をした。

誰かとの食卓。電灯の明かりだけでない温もり。それは長く忘れていたことだ。

あー、困ったなオレ。

シャマルに依存しそう。

…それはヤだなー。

依存して否定されたら、オレ生きるのがいやになっちまうよ。



というわけでオレは深夜。ひとりベランダに佇んでいた。ひとりの時間が欲しかった。

真夏の夜風は生ぬるく、不快感しか生み出さない。

けれど…まぁ、あの頃よりは遥かにましだと思う。

少なくともこの気温ならば凍えて死ぬこともないだろうし、この平和な街ならば誰かに襲われることもないだろうし、それに―――


「…何考えてるんだ?」

「寝てたんじゃねーのかよ」

「抱き心地の良い枕がねーと寝れねーのよオレ」

「は、欲求不満だってんなら女を漁れよな」

「そーゆのじゃねーって」


軽口を叩き合いながらも、きっとシャマルの顔は真顔だった。

だった、というのはオレがずっとシャマルの方を向こうとはしなかったから。


「…で、お前さんはさっきまで何を考えていたんだ?」

「………」


二度目の静かな問いに、オレは黙っておけば良いものを。


「―――昔の。こと」


静かに。小さな声で。答えてしまった。


―――――。


それきり訪れるは小さな沈黙で。生ぬるい風が辺りを支配する。


「…ああもう」


小さな悪態と。強く引き擦り込む力。閉められる窓にクーラーの効いた室内。


「なに、」

「そんな死にそうな面してんじゃねーよ。走馬灯でも感じるような状態でもないくせに」


ずるずるとそのまま引き摺られる。到着駅はベッドの上。


「大人しく寝てろ。…でもってその情けねぇ面を早くどうにかしやがれ」

「…んだよ、それ」


毒づく声すら弱々しくて。そんな自分に腹が立つ。

けれどそう思う時間は短かった。ベッドに潜り込んでくる大きな影。


「…って。マジで入ってくるのかよ」

「言っただろー?抱き心地の良い枕がないと眠れないって」

「オレの身体は貧相だから。抱き心地は悪いだろ」

「んー?昼にオレがお前を細いって言ったのを気にしてるのか?」

「そんなんじゃ…」


ない。と言いたいのにその言葉を遮って眼前の藪医者は言葉を続ける。


「まぁ確かにお前は筋肉も脂肪も最低限しか付いてないから硬いし細いけどな。いーのよいーのよお前なら」

「はぁ…?」


わけが分からない。シャマルは相変わらずオレを離す様子がない。熱い。なんかもうどうでも良くなってくる。

嗚呼―――――オレ、マジで疲れている。



夢を見た。

それはなんとも短い、無意味で、馬鹿馬鹿しく、愚かな子供の。色褪せた―――…夢。

言うなれば…ただ、自分を見てほしかった。

けれど周りにとってはそれはただのアンティークでしかないようだった。

いや、あるいはオルゴールだろうか?どちらにしろ…置物であることには変わりがないようだったが。

それでも自分に与えられた名義であることに違いはなかっただろうに。なのに満足の出来なかったそれはどうしようもないぐらいに子供だった。

ある日それは。音色を捨てた。

叱られても構わなかった。話しかけてもらうことすらなかったのだから。


なのに…


与えられたのは、侮蔑の視線と。失望の溜め息。

それはその世界から逃げ出した。

誰も追ってもくれなかった。