枷せられた道
10ページ/全17ページ


誰の、声なのだろう。

シャマルは知っていたみたいだったけど。

…オレを、名前で呼ぶような大人は…シャマルの他には、いなかった。あそこには。…獄寺の、屋敷には。

なら。その人は大人ではないのだろう。けれどオレよりは年上な気がする。

なら…。

そうか。

何で今まで気付かなかったのだろう…その人はきっと、オレと同じ獄寺の子供だ。

パンッと、頭の中で何かが弾ける感覚。

その感覚は痛みすら伴い、オレは思わず顔をしかめる。

…なんだ?

それを追究する前に。

ドサ…

身体が、倒れた。

「―――ぇ」

頼りない、小さなその声はオレ自身のもの。突然の事に思考が着いて行けない。

あいつらはオレに何もしてこない。…いや、正確にはしている。

オレの、観察を。

遠目に見えるあいつらは、カルテのようなものに素早く何かを書いていて。確認するように見てくるその目は。

あの時と同じように、無機質で、無感情で―――

…あの、時?

パンッと、またも撃たれるような感覚。そして溢れ出だす記憶の数々。

思い、…出した。


それは懐かしくも、目を背けたくなるような。

それは思い出したくない、けれど忘れたくない日々の――…



ぎぃっと重々しい音を立てながら。その廃墟に入り口が出来た。

「…って、獄寺くんはここにはいないんじゃなかったの?」

「見える範囲にはな。…あいつがいるのは、ここの地下だ…つーかお前、着いてくるつもりか?」

「当たり前」

何を言われても。引くつもりなんてなかった。

身構えるオレの心情と裏腹に。

「あっそ」

シャマルは特にオレを追い返したりはせずに。そのまま廃墟の中へと入っていった。

予想外のシャマルの行動に唖然としながらも。オレは一歩送れてシャマルの後を着いていった。


その廃墟の中は外の世界と全く違った。

中に入った途端、ひんやりとした空気が来訪者を洗礼する。…なんだ、この温度差は…

続いて足に今までと違う感触を味わう。…この中には、硬い固い石しかなかった。

靴越しに、震えるほど冷たい温度がオレを襲ってくる。

そして、ここは暗かった。電気なんて洒落たもの、一つもなかった。

なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ…!

こんなところで、人は生活していけるのか?これではまるで牢獄ではないか。いや、まだ牢獄の方が救いがある…!!

「ボンゴレ坊主、どこに行くんだ?隼人はこっちだぞ」

獄寺くんの部屋に行こうとしたオレを、シャマルが呼び止める…そうだ、まずは獄寺くんだ。

シャマルのあとを着いていって、オレは地下へ地下へと降りていった。



いつまで経っても起き上がる気配のないオレに、あいつらは痺れを切らしたかオレを荷物のように担ぎ上げて。運んでいった。

それに悪態をつく暇もなく。オレの頭には今まで忘れていた記憶が次々と蘇っていく。


それは周りの大人の奇異の視線とか、それに対する反発とか。

それは優しかった数多い兄や姉とか、数少ない幸せだった思い出とか。


流石に大人の足は速い。あっという間に降りていく。

オレの身体に力はもう入らず。されるがままな状態だった。頭に浮かぶ記憶が、痛い。


それは消えて行く兄姉とか。その疑問に答えてくれないみんなとか。

最後まで優しかった、そして消えてしまった。あの優しい姉の事とか。


―――そしてオレに降りかかった、苦しくも辛い実験の数々とか。


どれだけ降りたのか、ようやく終わりまで降りてきた。

この階段の、そしてオレそのものの。終わりまで。

奴らは直ぐにオレの実験の準備に取り掛かる。それもあっという間に終わって。

それすらも、オレにとっては最早些細なもの。オレの頭には色んなものが思い出されていて、それに興味を持つ暇すらなかった。


…最初の実験では、そう。オレの感情の大半が消え去ったらしい。

二度目の実験で、走ることが出来なくなって。

三度目の実験では内臓機能の低下が確認され。

四度目の実験でオレは――そうだ。


オレの実験が始まる。それと同時に、オレは思い出した。あの実験で、オレは――


それまでの記憶を、ほとんど失ったんだった。