枷せられた道
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「…その兄姉たちは、獄寺くんに冷たく当たったりは。しなかったの?」

けれど彼らにも、騙されたという感情はあったのではなかったのだろうか。

そしてその矛先は、幼い、そして獄寺の血を引く獄寺くんに向かったのではないのだろうか。

けれど、そんなオレの考えはシャマルにあっさりと一蹴された。


「馬鹿言うな」


…それだけの一言に、全てが詰まっていた。

獄寺くんは兄姉に苛められはしなかったと。…むしろ、その逆だと。

「――そっか。獄寺くんは兄姉たちに悪いって思ったんだ。だから、実験も受け入れたんだ…」

なんて、皮肉。

話を聞いた限り、それはそれは愛されてたであろう獄寺くん。

他の兄姉は獄寺くんに実験なんて受けてほしいなんて思ってなかっただろうに。

獄寺くんはその兄姉が実験を受けて、自分が受けないのは間違ってると。実験を受けないということは、逆に罪悪感を感じることなんだ。

「それで何回も実験を受けて。それでまだ生きているのだから…ああ、ホントに皮肉だ」

こんな悪趣味なこと、一体誰が仕組んだのだろうか。まるで終わらない悪夢のようだ。

「――って、だったらそんな、のろのろと歩いていて良いの!?もっと早く行かないと駄目なんじゃない!?」

「行きたきゃ、先に行けばいいだろ。別にオレは隼人の実験を止めに行くわけじゃねぇからな」

――は?

「何、それ…シャマルは、獄寺くんを助けに行ってるんじゃ、ないの?」

「…そんなこと一言すらも言った覚えはないが?」

「な…!」

ぐるぐると頭が回る。混乱する。

「じゃあ何で、獄寺くんの元へ行こうとしているのさ!」

「お前には関係ない。…行くのならお前だけで早く行け。もう実験が始まってる頃だ」

「――!!」

オレはシャマルに言ってやりたい文句も忘れて。前をゆっくりと進むシャマルを押し退けて。走り出した。


ボンゴレ坊主が走り去り。辺りは静けさを取り戻す。

聞こえてくるのは歩くたびに響く靴音のみ。なんて静かなこの空間。

こんな自分が動かなければ何の音もしない場所で。どうしてあいつは正気を保っていられたのだろうか。

…それは。やはり最初の実験の成果が原因だろうか。

あの実験の後。隼人は笑わなくなった。…いや。消え行く兄姉に嘆くことも。現れる大人に怒ることも。なくなった。

何もせずに毎日を過ごして。そして実験が行われる時は何の文句も言わずに研究員に着いて行って。

そして起こり得た結果に何の不満も持たずに。過酷な実験に生き残ってはまた何もしない毎日を過ごしていった。

そうした日々が通り過ぎて。あいつはここに閉じ込められた。それは不運か幸運か。

あいつが六回目の実験に呼ばれたのは、きっと変化が起きたからだ。

――昔の記憶が蘇るという、変化が。

本当に五回目の実験の成果なのかは知らない。もしかしたら四回目の実験の効果が切れただけなのかも知れない。

どっちにしろ、それには何かしらきっかけがあったのだろう。そうでなければタイミングが良すぎる。

「そのきっかけは、やっぱりあの坊主か…?」

自分と同い年の少年を見て。兄姉を思い出したのだろうか。

…ああ、だったらボンゴレ坊主を恨まなかった理由も。分かるな。

「あいつ弟がほしいって、言ってたからな…」

あいつよりもあとに出来た実験体は、全て孤児で。あいつよりも年上だったから。

さてっと。オレは白衣の中に、無造作に腕を突っ込む。

そいつの感触を確認して。これからすることを確認して。

そしてオレは、あいつの腹違いの姉の。最後の言葉を思い出す。


――シャマル。いるのでしょう?Dr.シャマル。

わたしは、あなたの事なんてこれっぽっちも信用していない。

…でも。頼れる大人が、あなたしかいな事も。確か。

だから…お願いが、あるの。

シャマル。

どうか、隼人に実験なんてさせないで。

それが出来ないのなら…


あの子を、楽にしてあげて――


オレが信用出来ないって。それはその通りだ。

何故ならオレは、彼女の最後の願い出さえ。どちらも叶えきれないでいるのだから。

彼女は自分がこれから実験に行くというのに。これから死ぬというのに。あの弟の事のみを心配したというのに。

そんな彼女の切ない思いでさえ。大の大人のオレは叶えきれなかったのだから。

…でも。

「ようやく。叶えてあげられそうだよ。…ビアンキちゃん」

誰にいう言葉でもなく。オレは呟く。

ボンゴレ坊主が何をするか。どうするかなんて関係ない。

――もう、あいつの未来は決まっているのだから。