枷せられた道
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拭っても拭っても、溢れ出るそれ。止まらないので放っといて。疲れたので横になっていたら。

…聞き覚えのある声が、聞こえたような気がした。

けれどそれは有り得ない事だとすぐさま理解出来たから。オレはそれを幻聴だと決め付けた。

――決め付けたのに、どうしてこの人がこんな所にいるのだろう?

虚ろな意識で。でもそこにいるのがあの人だと分かって。上手く声は出てくれなくて。

…また、身体が勝手に動こうとするけど、何とか我慢する…この人だけは、攻撃するわけにはいかない。

――いかないのに。ああ、どうしてこんなにも身体は無情なのだろう。少しずつ自由が利かなくなってくる。


離れろと途切れ途切れにそう言っても。あの人は全く離れてくれない。駄目だというのに、どうしてこの人は――

身体が勝手に動く。止まらない。止められない―――避けて下さい10代目!!

オレの願いがどうにか届いたのか、それとも10代目の身体能力が優れていたのか。…とにかく、10代目は避けてくれた。

…けど。それも完全にというわけではなくて。10代目の頬に傷がついてしまった。

「…だから離れて下さいって。言ったじゃないですか」

涙が止まったのが分かる。ただでさえ少ない感情が消えて行く。

「…今からでも、間に合います。――10代目、オレから離れて下さい」

――じゃないと。

「オレ…貴方を、殺してしまいます」


10代目は茫然としている。…それはそうだろう。いきなり殺されそうになったのだから。

ああ、くそ、思考が消える。意識が遠のく。この人は、この人だけは殺してはいけないのに。

頭が重くなっていって。…駄目だ。今暗闇に身を任せたら、…とんでもないことになる。

なのに…痛い。ああ、もう。駄目だって。誰か、誰か…オレを――

――パンッ

大きな音が、聞こえたような気がした。

続いて先程とは違う、抗いようのない意識の消失。

最後に、視界の中にあいつが収まって――…

そのままオレは、硬い硬い床に、倒れた。


物事がまるで閃光のように速く通り過ぎて行って。オレはただ黙って見ていることしか出来なかった。

何かを堪えているような獄寺くん。ゆっくりとこっちへ向かってきて。…その拳を、振り上げて。

…そっか。獄寺くんはオレを攻撃するんだなと、ふと理解した。なんでなんて。知らないけど。

獄寺くんはゆっくりと、オレを見据えて。その拳を、振り下ろそうとして―――

――パンッ

乾いた音が、聞こえた。

獄寺くんがびくりと震えて…

ドサッと、そのままオレの目の前に倒れてしまった。

「…ごく…でらくん?」

ゆっくりと近づいて。触れる。しかし獄寺くんは動かない。

ゆさゆさ。揺すっても獄寺くんは身動き一つしない。ゆさゆさ。

「おき…てよ。起きなよ。獄寺くん」

ゆさゆさ。ゆさゆさ。

一体誰だろう。獄寺くんにこんなことして。先程の研究員だろうか――許せない。

振り返ると、そこには一人の人間が増えていた。…Dr.シャマル。

シャマルのその片手には…黒光りする、ヒトを殺すだけの凶器が収められていて…

「Dr.シャマル!何故邪魔をした!!」

大人がシャマルに突っかかってる。…大人にとっても、シャマルのしでかしたことは計算外の事だったらしい。

怒鳴られているシャマルといえば、面倒臭そうに大人たちを見ているだけで。

「――何故も何もねぇよ。実験体を扱う上での条令第32条に則って実験体を処理しただけだ。…お前らこそ、未来のスポンサーが殺されそうになっているって時に何突っ立って見ているんだ?」

大人たちが驚いてオレを見る。…どうやら、研究者という奴らは研究対象以外には無頓着のようだった。

獄寺くんでさえ知っていた、時期ボンゴレ10代目がオレであるということすら、知らなかったようなのだから。

シャマルは大人を引き離して。オレたちの元へと歩いてきては、獄寺くんをまるで荷物のように軽々と持ち上げて。

そしてシャマルはオレの事なんてこれっぽっちも見ておらず、飄々とした態度でとんでもないことを言い出した。

「じゃ、オレは今から条令第33条に則って実験体ナンバー: 8-810番を破棄する。異論はないな」

…破棄?何を…?ていうか実験体ナンバーって… 8-810番?…なに、それ。

大人たちは何も言わなくて。それを肯定だと判断したのか、シャマルは堂々と歩いていって。

「ちょ…!待てよシャマル!!」

オレは慌てながら。シャマルを追いかけた。


「シャマル…!Dr.シャマルってば!!」

「あーあー、やかましいぞボンゴレ坊主。オレは女以外の呼び止めに応えねぇ主義なんだ。黙ってろ」

「なんで獄寺くんを…!応えろ、応えろよシャマル!!」

「うっせーなぁ。オレの台詞が聞こえなかったのか?条令第32じょ…」

「条令なんて知らないよ!獄寺くんはシャマルを信頼していた…その獄寺くんを、どうして撃つことが出来るんだよ!!」

「信頼するこいつが馬鹿なんだよ。オレみたいな大人、信頼する方が間違ってる」

「なっ」

思わず言葉を失う。こいつ、今何て言った…?

話は終わりだといわんばかりに、シャマルは歩く速度を速めて。オレとの距離を開けていく。獄寺くんとの距離が、離れていく。

「ちょ…!待てってば!!」

急いでオレも歩みを速めるけど、大人と子供の歩幅は全然違って。更にオレの足はさっき無茶した分がまだ効いているのかさっぱり進んでくれなくて。

―――地上に戻ってきたときには、既にどこにも。シャマルの姿はなかった。