枷せられた道
5ページ/全17ページ


その人のその言葉に、オレは驚きを隠せなかった。…この人といると驚く事ばかりだ。

命令。友達。…オレにはどうすればいいのかさっぱり分からない。

そもそも、オレにその役目を与えること事態間違っているのに。

オレは闇底の実験体。決して日の光に照らされる事のないような、そんな深い部分に携わる部品なのに。

そんなオレが、…友達?誰と?――ボンゴレ10代目と?

そんな事は許されるのだろうか。オレがそれに応えても、赦されるのだろうか。

分からなかった…けど。

でも。きっと直ぐに飽きるだろうと。そう思った。

だってオレには今まで友達なんて呼べるようなものいなかったから。どうすれば良いのか分からないし。

それにここから出ることも出来ない。ここから、窓越しに言葉を飛ばしあう事しか出来ない。

そんな事しか出来ないのだ。だから。この人はきっとオレに直ぐに飽きてしまうだろうと。そう思った。

だから…

「いいですよ。…オレで、よろしければ」

そう応えた。一時の、友達"ごっこ"に。

「うん。じゃあ、今からオレとキミは友達。…オレの事は――」

「10代目と呼ばせて頂きます」

いくらごっこ遊びでも、この方を苗字や名前呼び捨てする事は出来ない。

「む…"命令"でも?」

「はい。…あ、それから敬語も譲れませんから」

いきなり友達遊びは終わりの予感。早い幕切れだったな。

そう思ったオレの予想とは反して。

「…ふふっ」

…10代目は、笑っていた。

「意外と頑固な所があるんだね。うん、良いよそれでも」

あまりにも明るく笑いかけられて。そうされるのは、あの時以来で…

…あの時?

あの時って、いつの話だ…?

オレのその思考は次の10代目の言葉で途切れてしまった。

「ね、オレ、キミの事はなんて呼べば、良いかな…?」

10代目は問いてくる。オレを。オレの呼び名を。

オレの事。オレの名前。オレ…オレは――…

「…あはは」

出てきたのは、力のない笑い。何故だかまるで分からないであろう10代目は慌ててしまった。

「え、何!?ど、どうしたの!?オレ何か悪いこと言った!?」

「いえ…――オレの事は、好きに呼んで下さい…オレ…名前、覚えていないんです」

たしかに有ったはずの名も。その持ち主が覚えていなければ何の意味もないものに成り下がる。

10代目の目が大きく見開かれる。…自分の名を覚えてない存在なんて、考えられなかったのだろう。

「そっか…名前を…」

「はい。すみません、昨日の問い掛けに答えて差し上げられなくて」

「いいよ。…実はね、オレ今日は駆け巡って、キミの事ずっと調べていたんだ」

なるほど。だから今日は庭に来なかったのか。

…じゃなくて。この方は一体どれだけオレの事を調べてきたんだろう…それが少し、気になった。

「キミの名前は隼人…獄寺隼人っていうんだよ。…ね、名前呼び捨てにして呼んでも、良いかな?隼人ってさ」


――隼人。


そう、呼ばれたとき…どくんと、鼓動が鳴り響いた。

…隼人。そうだ。たしかにオレは、そう呼ばれていた。

――でも。…誰に?

…誰かに、そう呼ばれていたはずなんだ。でも、誰に、…誰に――

「――え!?ちょ…大丈夫!?」

気がつくと、視界がぼやけていた。…どうやら、またオレは泣いているようだった。

「…あ、すみません。オレ…何ででしょう、あは…困りました…」

「い、いや良いよ!ごめん!名前呼び捨てまずかった!?じ、じゃあ獄寺くんでどうかな!?」

「え――いや、別にどちらでも…」

「いやいや!泣かせたら駄目でしょ!!うん、じゃあオレ、獄寺くんって呼ぶから!」

「あ…はい」


それから暫く取り留めのない会話をして。オレたちはまた別れた。

…明日。また逢う約束をして。

おかしな人だと、そう思った。オレに興味を持つばかりか、友達なんて。

…あんなのでマフィアのボスなんて務まるのだろうか。正直、少しだけ疑問を抱く。

――でも。

そんなあの人を守るのが、オレたちなのだろう。

オレは、オレたちは。その為に生まれてきたのだろう。

己が守るべき相手を知らずにいってしまった彼らより、オレはきっと幸福な立場にあるのだろう。

…オレ、たち…?彼ら…?

まただ。誰か分からないのに。オレは知っている。

誰だっただろう、誰だったのだろう。

結局寝静まる時まで考えていたけど、思い出せたことは一つもなかった。