Roman - 教え子の面影 -
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自分がアルコバレーノであることに対して、諦めを持って。…もうどれだけの時間が経っただろう。

まさか今更、自分の恋人になりたいなどと。…呪いを解きたいなどと言う馬鹿が現れるなどと思ってなかった。ある意味、完璧に不意打ちだった。


…ともあれ、もう獄寺と会うことは止めようとリボーンは思った。好きだからこそ。

そう思うのならここから離れるのが一番だ。肉体的にも精神的にも距離を置けば獄寺の苦痛は緩和する。もしかしたら痛みも消えるかも知れない。目も治るかも知れない。

だけれど…


身体が…動かねーぞ…


リボーンが移動したのは、獄寺の部屋のすぐ隣の部屋。

倒れこんだベッドの壁越しには、同じく獄寺が横たわっているだろう。

…自分に最も足りないのは、恋人から離れようとする強い意志だな、とリボーンは顔をしかめた。

―――薄い壁一枚越しに、教え子たちの声が響いて聞こえる。


…10代目、あの…リボーンさん知りません?

え…?いや、昨日の夜から見てないけど…え?また何か言われた?

いえ、そういうことじゃないんです…まぁ、そのうち戻ってくるでしょう。


戻ってこねぇよ。


リボーンは内心で毒付いた。もう戻らない。もう会わない。

それにしても、あいつは何をあんなに楽観しているのか。

日常というものはとても壊れやすいという事実をあいつは知らないのか。

それならばそれでも構わない。せいぜい自分の消失でそのことに気付けばいい。そして自分のいない日々での日常を守ればいい。

…獄寺の声が、響く。


…あ、そうだ10代目。…申し訳ないのですが、頼まれ事をされては…下さいませんか?

ん?いいよ。何でも言って。

すいません、助かります。………あの、ですね、


痛みは引かない。痛みは続く。その度にリボーンは獄寺を頭から追い出す。

痛みにのみ集中すればいい。

恋人のことも忘れるほどに。


代わりのように思い出されるのは…かつての、最初の教え子たちの姿。

彼らは自分を恨んでいるだろうか。憎んでいるだろうか。戻ってこなかった、約束を違えた青年を。


それを思ったリボーンは、久方振りに幻覚を見る。それは腕が自分の首を絞める幻。

今までは、厳つい男の腕だった。最後に見た腕は華奢な女の腕だった。

だけど、今見える腕は子供の腕だった。小さな子供の腕が、リボーンの首を締め付けてくる。


「………、」


リボーンはそれを、振り払えない。いつものように意識を頭から追い出せない。

何故ならそれは、かつての教え子を思い出させるのには十二分過ぎたから。

…自分はあの子たちに、殺したいほど恨まれたのかも知れない。それを否定出来るだけの材料は持ってない。

そう思う間にも締め付けられていく。…懐かしい、あの子たちの声すら聞こえてきそうだった。



うそつき。



その刺さるような声に、自分はなんと言葉を返せばいいのか。

首を絞められているということは、死ねと言うことなのだろうか。


死んだら、許されるのだろうか。


気が付けばリボーンは窓を開け放っていた。

…ここから落ちれば、死ねるだろうか。

それで、全てから終われるだろうか。

リボーンは窓の縁に手をやった。

だけどそこで動きを止めた。


隣の…―――獄寺の部屋から、ピアノの音が聞こえてきたから。


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その音色は、知ってる。