Roman - 小さな村の物語 -
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小さな村の跡。そこに横たわる小さな死体。ただ静かに立つのは一人の青年。
「どうして……」
青年はひとり呟く。その表情に色はない。
…骸は確かに数十分前獄寺に憑依した。死体に傷を付けて乗っ取った。
そしてリボーンに電話を掛けて。出たなら恋人の声で酷い言葉を掛けて傷付けるつもりだった。
のに。
Bon soir ―――リボーンさん。
口から出たのは、自分が言おうと思ってたのとは違う言葉。
骸は慌てて操ろうとした。だけれど何故か上手くいかない。自分は死体に乗り移っているというのに。
なのに獄寺の死体はまるで生き返ったかのように骸の制御を利かず勝手に動き言葉を放つ。
しかもそれら全ては、リボーンを励ますもの。骸がしてやろうと思っていたことと真逆のこと。
そして電話が終わったのち。骸は死者の声を聞いた。既に死んだものの声。今まさに乗っ取っているはずの身体の持ち主の声。
ザマァミロ。
してやったり。そんな声だった。お前の思い通りになんかさせないと。オレがリボーンさんを傷付けてなるものかと。全ての想いを詰め込んだ声だった。
…死者のくせに愚弄してくれる。骸は怒りのあまりに電話を壊し、その身をリボーンを追ったクロームへと移した。
そして、今に至る。
―――そうして、永い時を経て亡骸の亡霊は決着を付けた。
けれどそれは……こんなにも、後味の悪いものなのだろうか。
目の前にいるのは長い時を生きた化け物の抜け殻。それ以上でもそれ以下でもない呪われた虹の赤ん坊。
決して、あの平和だった小さな村で教師をしていた人間などではなくて。
だけど。
その昔、この村で教師をしていた先生は頼み事をして、けれど断られたときはよく言っていた。先ほどリボーンが言ったままに、「そう言うな」と。
「あなたはあの人ではないのに…あの人はマフィアに……アルコバレーノに殺されたのに、どうして」
どうしてあんなにも酷似している。どうしてそんなにもあの先生を思い出させる。あの先生は死んだのに。
「……少し、疲れました…僕は休みます。後を頼みましたよ、クローム」
骸がそう言えば、その身体に異変が。青年のものから女性のものへと変わっていく。
瞬く間に骸はクロームへと入れ替わる。残されたクロームは虚空に向かって、
「…リボーンさんに任された頼まれ事は…いいんですか?」
…貴女に任せますよ。
「頼まれたのは骸様ですが」
僕がアルコバレーノと結んだ約束を守るような奴だとお思いで?
「はい」
骸の小馬鹿にしたような問いに、クロームの答えは即答だった。
「骸様は…リボーンさんとの約束は、守ります」
………やれやれ。あなたも随分と成長したものです。昔はお人形さんみたいで可愛かったのに。
「骸様…」
なんにしろ、僕は少し休みます。力を使いすぎたせいか非常に眠いんです。
「………分かりました。おやすみなさい、骸様」
ええ、おやすみなさい。クローム。
その言葉を最後に、何も聞こえなくなった。
小さな小さな村の跡。小さな小さな赤子の死体。そして佇む少女の影。
少女は小さく呟く。己の主の名を。
「骸様…」
少女は右目を押さえる。眼帯越しに何もない空洞を押さえる。
「私の"ここ"は、いつも空いてますから……いつでも、お越し下さい」
そこで同じ世界を見つめましょう。あなたが醜いと思う世界を。だけど私にとって掛け替えのない人たちがいる世界を。
その日が、早く来る日を願っています。祈っています。だってあなたは今ひとり。
「そこに救いはありますか?」
小さな呟きに答える声は、今はない。
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片眼だけのあなたと、片眼のない私。お似合いだとは思いませんか?
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