寒き日の夜
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彼の口から出たのは、まさかの否定の言葉。
「…こんな時間に、お邪魔出来るわけ、ないじゃないですか」
彼はオレの手を振りほどいて。距離を置いて。
「すみません。今のオレ、少しおかしいんです。…朝になったら、直ってますから」
彼のその発音に、少し覚える違和感。けれどそれを追及している暇はなく。
「――何言ってんの!」
オレはそのまま去ろうとしている獄寺くんに抱きつく。冷たい。まるで氷のように彼の身体は冷たかった。
「…こんなに凍えてる人を、そのまま見送れって、それこそ、出来るわけ、ないじゃない」
あまりの寒さに言葉を思い通りに紡いでいられない。寒い、冷たい、凍えて―――死んでしまいそうだ。
「…大丈夫ですから。オレは。…今日よりも寒い日を体験した事もありますし…」
獄寺くんは遠い目をして。一体どこを見ているのか分からない。
「―――それでも、駄目。絶対帰さない」
まるで意固地になってるオレに、獄寺くんは困ったように苦笑して。
「はぁ、どうしてそんなにオレを引き止めるんですか?」
その言葉にオレは、少し戸惑いながらにも言う。
「獄寺くんが…その、遠くに行っちゃいそうだから」
本当は消えてしまいそうだからって。言いそうになったけど。…言ったら本当にそうなりそうで何とか堪えて。別の言い回しにする。
獄寺くんはオレのその言葉にも表情を変えず、淡々と言い放つ。
「オレは遠くに行ったりしませんよ。…それに、―――オレが遠くに行ったとしても、なにがどうなるというわけでもありませんし」
………え?
「なに?それ…どういう、意味?」
「そのままの意味です。では」
彼の、そのあまりにも他人事のような発言に怒りを覚える。…他でもない、彼自身の事なのに。
「どうにもならないわけないだろ!!」
「っ!?」
オレが出したいきなりの大声に。獄寺くんが驚く。
「…え、あ―――はい?」
「獄寺くんがいきなり消えちゃったりしたら、オレは許さないからな!!」
「―――10、代目…」
獄寺くんの目が少し見開かれたような気がする。…何故かは、知らないけど。
「……はい」
控えめに開かれた口から、小さな声が漏れる。
「―――はい。…消えません。オレは」
気が付くと、獄寺くんの表情はいつの間にか穏やかなものに変わってて。それにオレは安心して。
「うん、よろしい」
オレの少し偉そうな言葉に、二人して思わず笑ってしまう。
ああ、よかった。……よく分かんないけど、獄寺くんがいつも通りに戻った。
「うんうん、何があったか知らないけど、とにかくよかった。じゃあ獄寺くん、家に行こうか」
「え…いや、ですから、そんな……」
「でももそんなもないのー。獄寺くんに拒否権はありません。ほらほら早くー」
オレは渋る獄寺くんを強引に引っ張って。家まで運んでいく。…今度は、ちゃんと動いてくれた。
寒い寒い冬の夜を彼と共に歩いて。―――ふと思い立って、彼の手を繋ぐ。
「………?10代目?」
「…いや、なんとなく」
「――そんな事しなくても。オレは消えませんよ。…10代目が、オレを必要としてくれてる限りは」
「ああ、だったら一生消えないね。よかった」
冗談交じりにそう言っても。結構本気に思っても。…それでも、まだ何かしっくり来ない。
手から伝わる彼の体温は本当にあるのかどうか疑わしいほど冷たく。まるで温度を感じさせない。
…あ、そうか。
オレはまたぎゅむっと。手は繋いだままで獄寺くんにしがみつく。その冷たい身体に、身が凍るかと思った。
「10代目?」
「獄寺くん冷たすぎる。だから温めてあげるね」
と言ってはみても。オレの体温も今となってはかなり冷え切っていて、獄寺くんに与えられるだけの温もりはないんだけど。
「…大丈夫です10代目。今は温かいですから」
「そう…?」
「はい。……あった、かいです」
そう言っては、繋がれている手をきゅっと握り返してくる獄寺くん。
オレはまだまだ寒いんだけど、でも獄寺くんを見上げれば。確かに獄寺くんの頬には赤みが差してきていて。
「そっか…でも、まだまだ獄寺くん冷たいから―――…そうだ、同じベッドで寝ようか」
温めてあげるとそう言うと、獄寺くんの顔はもう赤みを通り越して真っ赤になっていて。
オレが、ね?って強調すると、獄寺くんはとても小さな小さな声で。肯定の意と。白い息を。吐き出した。
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その日の夜は、きっと寒くて、きっと暖かい。
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