病弱羊の見る夢は
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「…獄寺くん?」


小声で獄寺の名前を呼んでみる。反応はない。

額に手を当ててみる。相変わらず熱い。


(冷やさないと――)


ツナは洗面所に行って、タオルを出して水に濡らす。力一杯絞って、獄寺の額に添えた。


「……dove…?」……どこ…?


すると、獄寺の口から声が漏れる。発音からして日本語ではない。イタリア語であろうか?

何を言っているのかはよく分からない。獄寺の手が毛布の中から出てきて、ツナの服の袖を申し訳ない程度に掴んだ。

たったそれだけなのに、獄寺の顔は安心したように…まるで迷い子が母親を見つけたときのように綻んだ。


(……あ)


その幼い顔は、ツナが未だ見たことのない顔で。

それどころではないことを知りながらも、ツナは自分の上がる体温を押さえる術を知らなくて。


けれど。


「daccanto…」行かないで…


獄寺の口から漏れる声。綺麗な発音。服を掴む手が少し強まった。


(……オレを、イタリアの仲間の誰かと勘違いしてる?)


上がった体温が急激に冷えていくのを感じる。身体は正直だ。


「……………」


分かってる。獄寺に非はない。

ああそうだ、彼は、つい数日前までイタリアに帰っていたではないか。

まだそのときの雰囲気が抜けきっていないのかもしれない。

それにイタリアと日本との時差は確か八時間。気候も違うと聞く。

ならば体調を崩しても仕方ない。

……自分をイタリアの仲間の誰かと間違えても、仕方ない。

だから………


(静まれ、静まれ、静まれ…)


オレの心。胸の中の黒い感情。落ち着け…ほら、静まれって!!


「…はぁ……ん……」


獄寺の口から漏れる声。今度は言葉ではなく、苦しさから漏れた声。

見れば、獄寺の顔は少し汗ばんでいる。タオルに手をやれば、既に生温くなっていた。


(…て、こんなこと思っている場合じゃない!)


彼の手を離すのは心苦しいが、獄寺のためと自分に言い聞かせて。


(ごめんね、獄寺くん…)


獄寺の手を掴み、少しだけ抵抗のあったそれをそれでも何とか引き剥がす。

掴んだ彼の腕も、服を掴んでいた彼の手も少し汗ばんでいた。


(着替えさせるべき…かな)


獄寺の部屋を後にして洗面所で洗面器に水を入れる。ついでにタオルも。

戻ってきて今度は獄寺の部屋のタンスから着替えを探す。と、窓が開けっ放しなのに気付いて閉める。ついでにカーテンも。

毛布をずらして獄寺の上半身を現す。上着が汗で少し肌に張り付いていた。

まず獄寺の顔から絞ったタオルで拭いていく。

額、頬、少し降りて首筋、鎖骨。ここまで拭いてタオルを水で清める。

獄寺の寝間着に手を掛ける。ボタンを一つ一つ外していく。

まるで無抵抗の、獄寺の服を脱がせる。

悪いことは何一つしていないはずなのに、ツナはなんだか後ろめたい気分になった。

気にしないように努めて、寝間着を取る―――と。


「―――――え?」


白い肌。それよりもさらに白い包帯が、ツナの目に飛び込んできた。


(怪我…してる?)


予想外の出来事に少し混乱するツナ。そこに響く電子音。

それは枕元に置いてあった獄寺の携帯電話。


「ん……」


獄寺が反応する。手が携帯へと伸びる…が、途中で力尽きたように落ちる。

思わずツナは獄寺の代わりに携帯に手を伸ばした。

折りたたみ式のそれを開き、条件反射で通信ボタンを押してしまう。


(あ……)