死別
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「言っとくが買ってこねーぞ。自分の買い物は自分でしろ」


買っても帰ってこないんだから。

それは心の中だけで言い留めて、オレは外に出た。

扉を閉めて、隼人の姿が消えた。


やれやれと息を吐いて。

真っ直ぐに、目を向けて。


オレは歩き出す。


人気のないところへと。

誰もいないところへと。


オレの足は森の中へ。

どんどんどんどん、進んでく。


暗い暗い、森の中を。

誰の目にも、付かぬようにと。



―――我ながら、思ったよりは長く生きた方だと思う。



本当に、そう思う。

いくつもの病気を抱えて。いつ死んでもおかしくない身で。

よくもまぁ、今まで生き長らえたものだ。


けれどもう、終わりみたいだ。

警報が鳴っている。


自分の身体のことなんて、自分が一番よく分かってる。

自分がいつ死ぬかなんて、自分が一番よく分かってる。


どこが駄目で、どこがどうなってるか。

どこが動かなくて、どこが死んでるか。


何の病気が再発してて、どの器官がやられているか。

何の病気に掛かっているか、とか。治るか、治らないか、とか。


いつ、死ぬかとか。



オレはもう、死ぬ。



恐らく、夜明けまでに。

隼人に、戻ってくると言った時間までに。



歩き続けていると、やがて少し開けた場所に出た。

…この辺で良いか。

ここまで来れば、誰かと出くわす心配もなさそうだし。


オレは大きな木の幹に寄りかかる。

そのままずるずると、座り込む。

その拍子、いつもは感じない、なにか硬いものがあった。

なんだと思って手を伸ばしてみると、それは白衣のポケットの中にあった。


それは隼人が投げて寄越した煙草の箱だった。


重さの感覚がもう分からない身だったから、勝手に空かと思っていたけど。中にはまだ数本入ってた。おあつらえ向きにライターも。中のオイルが限りなくゼロだったがむしろ丁度良い。

今のオレにはぴったりだ。

オレが死ぬまでまだ少しばかり時間があるわけだし。

暫くこいつに付き合ってもらおう。



微かに震える指先で、煙草を咥える。ライターを手に持つ。

なかなか点かない火に悪戦苦闘しながら、(殺しの時ですら、こんなに苦労するのは稀なのだが、)なんとか火を点ける。

そして、一服。


―――ああ、なんだあいつ。


これはまた、懐かしいものを吸ってるじゃないか。

オレが昔、吸っていたのと同じ銘柄の煙草だった。



時間が過ぎる。オレの生きれる時間が消えてく。

真っ暗だった空が、徐々に徐々にゆっくりと白味を帯びていく。

寒さからか病でか、身体の感覚がもうほとんどない。


だんだんと眠くなる。寝たらたぶん。戻ってこれない。

だが、まぁ、それも良いだろう。

そのまま薄れる意識に身を委ねようとする。

目蓋を閉じようとする。


そう、したところで―――…何かが振動した。


…携帯電話だろうか。

そういえばポケットに入れっぱだった。

といっても、オレは取るつもりはない。放置だこんなの。そのうち切れるだろう。


携帯電話が振動している。己の存在を示すように。

携帯電話が振動している。オレが取るのを待つように。


…だから、取らねぇって。

取る力がもうないんだってば。