シンデレラ
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大きな建物。
煌びやかに光る照明。
並ぶ豪華な食べ物。
そして何よりも多い人々。
男と女がくるくる回って踊っている。
入れ違い。立ち違い。これがブトウカイという奴か。
建物の裏側からブトウカイの様子を見る。
…あの自称魔法使いはいい経験になるって言ってたけど。はてそうなのだろうか?
確かに珍しいけど……………いい経験?
言ったら悪いが…どこが……
そう、思ったところで。
「そこのキミ」
声を、掛けられた。
「誰だ…?あんた」
「誰って……仮にもその姿でその質問はないんじゃないかな…一応オレ、ここの主なんだけど」
主……?
そういえばあの自称魔法使いがいつもの姿だと追い払われるからってこのスーツを貸してくれたんだっけ。
ということはこの格好はここの人間を表す服なのだろうか?
「って、ここの主ならここにいるわけがない。向こうの賑わいの中にいるはずだ」
そう、あの女が言ってたじゃないか。オージサマに見初められるために行くって。
多分、オージサマと主は同じだろう。
「いや、本当はあそこにいなきゃなんだけど…面倒で億劫で辛くてウザくてストレスが溜まったから逃げてきちゃったんだ」
心の底から自分に正直な奴だ………って、
「おっと危ない」
と言って主はオレの手を引いた。
「何を―――」
する、と言おうとして、口を噤む。
軽く響いた破裂音に―――次いで何かが背を掠った。
「危ない危ない」
主はオレの手を引いていく。オレが動く度に先ほどまでオレがいた場所に何かが撃ち込まれていく。
―――この音がして。この音を出しながら飛び出た奴に。母は殺された。
この音が母を殺した。
誰が。一体誰が。
思う間にも、オレの手は引かれてく。くるくると回る。先ほど広場で回ってた男女のように。
「折角舞踏会に着たんだから、踊らないとね?」
オレの強張った顔を見てこの音に怯えたとでも思ったのだろうか。主がオレを茶化すように言ってくる。
だけど違う。オレはこの音を出してる奴を探してるだけだ。そして、オレはそいつを…
…ああ、見えた。幸いなことにそう遠くない。
オレは主の手を振り解き、そこまで走る。乾いた音が鳴り響く。オレは走る。オレの腕が頬が掠れる。怯まず走る。
まずその音を止めろ。その音は母を殺した。その音は駄目だ。その音は―――
凶器を吐き出す筒が、オレを見る。オレを真っ直ぐに見る。
撃つか。殺すか。ああ、好きにすればいい。
父は既にオレを見ない。あの女は母の髪を侮辱するから嫌いだ。他の知り合いなどいない。
オレを愛してくれた母は死んだ。オレを愛してくれた姉も死んだ。
…違うか。
母も姉も。オレを庇って死んだんだ。
オレを庇って、撃たれて死んだんだ。
ああ、オレを殺すなら殺せばいい。
きっともうこの世界に、オレを愛してくれる人なんていないのだから。
筒が乾いた音を出す。音と同時に弾も出す。弾は真っ直ぐに真っ直ぐにオレの眼前へと飛んできて―――…
「って馬鹿!死にたいの!?」
声が響き、何かに覆い被される。
見れば、主が。ここの主と言う人間が腕を撃たれていた。
…オレを、庇ったのか…?
何故?どうして?この人とオレは先ほど会ったばかりだ。知り合いにすらなっていないのに。
主は真っ直ぐに刃物を投げた。この人を撃った奴の悲鳴が聞こえてそれきりになった。そして主の伸びる腕からは…
「血が……」
主の腕からは、赤い血が流れていた。オレを庇った代償として。
オレは思わず着ていたものを破ってその人の腕に縛る。オレのせいで怪我なんて。そんなの駄目だ。絶対駄目だ。
「…ありがと」
礼を言われる。そういえば、最後に礼を言われたのは一体いつだっただろう?
―――ボーン、ボーン……
鐘が鳴る。鳴り響く。この鐘は何の鐘だ? 何の合図だ?
時間を告げる鐘。日付を変える鐘。12時の鐘………
………12…時……?
………。
オレ12時には帰んなきゃなんねーからそれまでに戻って来いな。
戻って来なかったら勝手に帰るから。
「ヤベェ!!!オレ帰らねぇと!!」
「ええ!?何!?門限!?キミ意外と箱入り!?」
「く、すぐ帰るつもりが…とんだ道草食っちまった!!」
「言うに事欠いて道草呼ばわり!?」
「じゃあオレ帰ります!!すいませんうち貧乏なんで治療費とか払えませんマジすいません!!」
「ぶっちゃけ本音トークだなぁ!!いや、いいけど治療費とかその辺は別にいいけど待って!もう少しお話をば!!」
「すいません早く帰らないと知らない人が帰って家が留守になるんです!!」
「え、ちょ、ま、………意味分かんねー!!!」
大きな建物の主の声を背に受けながら、オレは家へとダッシュで帰った。
ああ、待ってて下さい自称魔法使い!!ま、まだ帰らないで…!!!
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