死に行く身体と生き望む心
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一瞬だけ、時が止まった。
「自分でケリ付けようと思ったけど…もう、無理っぽいから。…あはは、腕、動かねーわ」
一瞬だけだった。
「今な…すげぇ、身体いてーんだ。どうせ助からない怪我なんだからさ…」
どうせ止まるなら、永遠に止まってしまえばいいのに。
「頼む、跳ね馬…」
見つけた獄寺の傷は傍目に見ても相当深くて。どう贔屓目に見ても致命傷だった。
オレはそれに気付かない振りをしていた。…気付きたくなんてなかった。
オレがどう事実を否定しようとも、未来は変わらないのに。こいつが苦しむだけだと、知っていたのに。
「…それは、別に構わねぇけどな」
オレは口から言葉を吐き出す。なるべく軽く。まるでその動作はたいした問題ではないように。
「一つ…聞いてもいいか?」
「…なんだよ」
「お前は確かに今死にそうになってる。多分助からないだろうし、だから楽になりたいって気持ちも、まぁ分かる」
「……」
「それで。そんな状態で。お前は…」
すっと息を吸って。放つ。あいつの意思を聞くために。
「死にたいのか?」
……。
暫しの沈黙。そして。
「ん…け……だろうが」
「あ?」
「そんなわけ、ねぇだろうがって、言ったんだよ、バカ馬」
その目に見えたのは、生気。
「死にてぇ?馬鹿言うなよ。オレはまだ、まだまだ生きたりねぇんだよ!」
致命傷だと。そうだと自覚できる傷を負ってなお、こいつは生きたいと願っていた。
獄寺の身体は自身の大声に耐えられずげほげほと咽てしまう。その拍子に血の塊が吐き出される。
それでもなお、消えない生気。
「…ま、お前ならそう言うだろうと思ってたけど。お前馬鹿だし」
「のやろ…って、わっ?」
ひょいと獄寺を担ぎ上げる。なるべく傷に触れないように。
「な、てめ――」
「書類。やっぱり自分で届けろよ。お前の足にはなってやるから」
携帯電話を取り出して急いで医者の手配。手に滴る血液が増えていく。…どれほど生気があろうとも、血を失いすぎたら人は死ぬ。
腕の中の獄寺の様子を見てみると、その顔色は酷く悪く…その眼の焦点は合っていなかった。…不味い。
「獄寺。…助かれ。そして―――死ぬな」
「んで…はね、うま」
「…なんでって?そりゃ、お前…」
………。
「お前が生き残れたら、教えてやるよ」
「んだよ…それ…」
オレの一言に、獄寺は苦笑する。オレも笑う。
「お前、もうお前喋んな。あと今から止血すっけど、痛くても我慢しろよ?それから…」
次々と言葉を吐き出すのは、あいつの意識が沈むのを防ぐため。
獄寺は獄寺でそれに応えようとしてくれてるのか、オレの言葉に一々頷いてみせた。
そしてオレはやがて来た救護班に獄寺を任せる。獄寺の重みが消える。微かにあったあいつの体温が消える。
「絶対、殺すな」
そう、救護班に言いつけて。
「絶対、死ぬな」
と、あいつに言い放つ。
それでオレの出来ることは終わり。あとはあいつらの、そして獄寺の仕事だ。
行ってしまった獄寺を乗せた車を見送りながら、オレはこの後の行動を考えていた。
…あいつに言っちまったもんなぁ。生き残ったら教えてやるって。
さてあいつが助かったら全面戦争の始まりだ。あいつのアイドルっぷりはこの世界では特に有名。
「…やっぱり自分の好きな奴ぐらい、自分の手で助けてやりてぇじゃねぇか。…なあ?」
その呟きは答えられることを知らず。今だけはただ、何もない青空の向こうへと吸い込まれては消えていった。
…今だけは、ただ。
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まずは生きてくれ。話はそれからだ。
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