空を見上げた深海魚
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「…山本。オレの身体は、もう、こんなんだから。お前とは行けない。この薬は特殊なものだから…ボンゴレにしかないから」

「……知ってる。オレはそれを知ったからお前と逃げようって言ってるんだ」

「あ…?」


山本は懐から大きな紙袋を取り出して。その中身は先ほど獄寺が飲んだカプセルで。


「ボンゴレからパクって来た」


笑いながらそう言う山本だけど。でも決してそれをするのは簡単なことではなくて。


「お前…よくやるよ……」


流石の獄寺も呆れ顔だ。これは悪戯で済む問題ではない。裏切り一歩手前だ。


「だから獄寺。逃げよう。もうお前を縛り付けるものなんてない」


山本はそう言ってはまたも獄寺の手首を掴む。今度は優しく。

獄寺は暫し考えたあと。困ったような笑みを浮かべて。


「どうせいやだっつっても、逃がす気なんてねーんだろ?」

「当然」

「…なら。抵抗はしねぇよ」


獄寺はそう言うと腕の力を抜いた。山本は獄寺を連れてまた走り出す。今度は獄寺にも着いて行けるようなペースで。



「…で、一体どこに行くんだ?」

「空港。まずはイタリアから出る。…獄寺、どこか行きたいところあるか?」


獄寺は一瞬考えて。けれどすぐに笑って応えた。それは二人の出会いの地。


「…日本」

「…そっか。そうだよな。やっぱりオレたちが帰る所といえばそこしかないか」


山本は笑った。絶対お前を護ってやると言って笑った。ボンゴレの使者が来ても全部追っ払ってやると笑った。

そんな山本に獄寺は無言で応えた。笑って応えた。



そして空港に行く途中。タクシーの中で獄寺はおもむろに山本に話しかけた。


「―――山本」

「ん?なんだ獄寺」

「…やっぱり。オレは行けない」


山本の目が驚いたように見開かれる。獄寺は気にせず続ける。


「日本に戻るのはお前だけだ」

「な、に…言ってんだよ、獄寺」

「――例えるならな。山本。お前は魚なんだ。飛び魚とか、カジキとか…元気に青い海で泳ぐ、魚だ。で、オレは深海魚」

「あ…?深海…?」

「そ。アンコウとかな。暗くて冷たい海の底じゃないと生きることが出来ない、そんな魚」


重圧の関係で、決して上へは行けない、上の世界を知らない深海魚。


「上の魚は海底には行けない。同じように、海底の魚は上には行けない。同じ海にいるのに、決して同じ世界では生きられない」


我ながら言いえて妙だと獄寺は笑う。自嘲を含んだ笑みだった。


「だから。てめぇみてぇな上の魚がこっちに来るからして。既に間違ってたんだよ」


だから。帰れと。深海の魚は言った。

だから。戻れと。上の魚にそう言った。


間違いを正そうと、そう獄寺は言った。


「なに言ってんだよ獄寺!オレだけ戻れるわけねぇだろうが!!」


怒鳴る山本に獄寺は冷めた視線を返す。予想通り、と言った感じだった。獄寺は溜め息を吐く。


「そっか。…じゃあ言うけどさ。オレ、実はボンゴレから一つ任務受けてんだわ」


気が付けば獄寺の手には小さなピストルが握られていて。


「――不審因子の、抹殺指令」


それを。山本の額に押し付けて。


「―――っ」


山本が息を呑む。獄寺の目が冷たい。


「お前の動きなんて。ボンゴレにはお見通しってこった。…でも。見逃してやらないこともない」

「あ…?」

「誓え山本。今から日本に帰ると。そして二度とマフィアに関わらないと。そうすればお前は一般人に戻れる」

「…誓わなかったら?」


決まってんだろと額に押し付けられる圧力が強くなる。裏切り者には死。それは最初に教えられた事だ。