それは懐かしい、そして初めての時間
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「そういえばお前」

「はい」

「死に際は覚えているのか?」


聞けば、獄寺は表情を変えぬまま、


「実はあんまり」


と答える。


「知りたいと思う気持ちはあるか?」


問えば、獄寺は表情を変えぬまま、


「不思議なことに、特にないんですよね」


と答える。


「知りたくないのか? 自分が誰に殺されたのか」


言えば、獄寺は表情を変えぬまま、


「ああ、オレって殺されたんですか」


と、答えた。


「自分が死んだことは覚えているのに、死因は覚えていないのか」

「お恥ずかしながら」


最後に覚えているのは、「死んだ」という感覚だけらしい。


「どこまで覚えている?」

「日本ではなかったですね」

「そうだな」


その通り、獄寺の死に場所は日本ではなかった。

イタリアに呼ばれ、向かった先で殺された―――


らしい。


「らしい、とは?」


知っていることを告げれば、獄寺が問い掛けてくる。


「オレは全てが終わった後に話を聞いただけだ。オレはお前の件に何一つとして関わっちゃいない」


獄寺が殺された頃、丁度オレも別件の用があり日本を離れていた。獄寺が向かった先のイタリアとも違う場所。

日本に戻ってきた頃には、もう全てが終わっていた。

それでも聞けた話の、その断片から見えるのは…


「お前の死の真相は、未だに分かっちゃいないようだ」

「なんと、まあ」


それは、それは。と獄寺はやはり他人事。


「オレは殺されたと言ったが、それはあくまでもその可能性が一番高いだけでもしかしたら事故かも知れないし…何か事件に巻き込まれたのかも知れない」

「はっきりしてないんですね」

「そうだな」


噂だけは、未だに様々なものが流れている。

ボンゴレに恨みのある暗殺者の犯行、獄寺本人を憎んでいるマフィアの犯行。

マフィアを嫌っている一般人の犯行、銀髪碧眼を好む変質者の犯行。

他殺、事故、病死、自殺。馬鹿馬鹿しいものからどうしたらそんな発想が出るのだと呆れてしまうものまで獄寺の死因は枝分かれしている。

そんな中、オレが最も可能性が高いと思うものは…



「オレは、お前はツナの右腕の座を狙う人間に…今、ツナの右腕をやってる人間に殺されたんじゃないかと、睨んでいる」

「―――――」



オレの発言に、獄寺は無言。

烈火の如く怒り出すことも、嘆くことも、悲痛に呻くこともせず、表情すら変えず、オレを見据える。

そして、やがて。獄寺は息と共に言葉を吐き出す。


「リボーンさんがそう思うのなら、きっとそれが真実だとは思いますが、」


その声は、静かで。


「しかしまあ、そんな奴に殺されたんだとすれば、」


その声は、真っ直ぐで。



「所詮オレは未熟者で、右腕の器じゃなかったってことでしょうね」



その声に、揺らぎはない。

夢で見た通りに進んでいるとはいえ、それでも違和感を拭えない。

あれほど右腕に、ツナの役に立つことに執着していたというのに。

オレの視線から何を読み取ったのか、獄寺はまた淡く笑う。


「オレとしても、自分の変わりように少しは驚いてるんですから、そんな顔しないで下さいよ」


オレは今どんな顔をしているのだろうか。あるいは、こいつにオレの顔はどんな風に見えているのだろうか。

こいつに読ませられる程度の表情など、していないと思うのだが。

そんなオレの胸の内など知らず、獄寺は続ける。


「なんだか、感情が、あまり湧かなくなって」


ツナに対する執着心も、生への渇望も、自分を殺した奴への怒りも、あまり感じないらしい。


「もちろん、10代目への恩を、忘れたわけでは、ないのですが」


会いたいと思う気持ちも本物で、それに嘘偽りはないと言う。


「でも、まあ、だからこそなのかも知れませんが」


獄寺は言う。



「あなたと話している今が、とても楽しい」



淡く笑う顔からは、嘘を見いだせない。

本当に、そう思って、言っている。


「―――生前、オレと話すのはつまらなかったか」

「緊張してました。自分の未熟さを片端から指摘されやしないかと」


実際していたし、それでこいつが傷付いていたことも知っていた。

それでもそのことを隠そうと表面だけは平然を保とうとし、会話を合わせてきていた。


「でも―――まあ、今この感情のあまりない身体では、何を言われても、別に」


何を言われても平気だし、逆に何でも言えるような気もします。と獄寺は笑う。

だから、と獄寺は言う。

リボーンさん、とオレの名を呼ぶ。


「暇で、オレの相手をして下さると言うのなら、話し相手になってくれませんか?」


10年分。生前の頃、話せなかった分も含めて。と獄寺は笑いながら言う。

ツナや他のメンバーに会う事よりも、自分を殺した奴や死の真相を暴く事よりも、オレと話したいと、獄寺は言う。

構わないとオレは言い、対面する獄寺と話す。


全ては夢の通り。予定調和。


だからきっと、夢の通りに話と時間は進み。

夕暮れ時、こいつは跡形もなく、煙のように、まるで最初からどこにもいなかったかのように消えるのだろう。

夢の中、オレは幾度となくこいつに「悪かったな」と謝罪の一言を言おうと思いつつも言えなかったが、

きっとその通りに、時間は進むのだろう。


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どうやらオレは、夢の中でさえ素直になれないらしい。