救い救われ
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それは茹だるような夏の日で。
アスファルトから陽炎が見えるほど暑い日だったことを、今でもよく覚えている。
―――カンカンカンカンカンカンカンカン
遠くから踏切の音が聞こえる。
その音は深く。意識することは出来ず、頭の中はぼんやりとしていて、足取りは覚束なかった。
―――カンカンカンカンカンカンカンカン
空には雲ひとつなくて、近くの木々からは蝉の鳴き声が聞こえて。
遠くからは電車の音。足元からは微かな振動が伝わってきていた。
―――カンカンカンカンカンカンカンカン
オレは油断していた。
オレは警戒を解いていた。
だから―――驚いた。
背後から、急に首を、絞められて。
いや、正確には、あれは別にオレの首を絞めようとしたわけではなかった。
オレの襟首を掴み、強引に引っ張っただけなのだから。
そして、急なことに身体を硬直させるオレの眼前を、電車が走り抜けた。
とんでもないスピードで、たくさんの命を乗せて。風を切るように巨体があっという間に通り過ぎた。
あのままぼんやりとしたまま進めば…進んでいれば。オレはその巨大な質量に巻き込まれ、轢死していたことは間違いなかった。
「危ないぞ」
そんな声が、背後から聞こえた。
オレの襟首を掴んだ、誰かの声。
その手の感覚はやけにはっきりしているのに、締まった首の苦しささえクリアに認識できるのに。
どうしてだか、後ろに誰かがいると信じられなかった。
後ろを振り向く。
そこには、当然のように当たり前のように、何事もないかのように……一人の少年が立っていた。
年の頃と背はオレより少し下ぐらい。黒い帽子に黒い服。黒い髪の黒い目で黒尽くめ。
その人はオレが振り返る前に襟首から手を離し、数歩下がっていた。
そして、黙ったままオレを見上げている。
オレの目は確かにその人を捉えているのに、それでもその存在の気薄さは変わらなかった。
…けれど、それでも見えているのだから、やっぱりその人はそこにいるのだろう。
「………助けてくださって、ありがとうございます」
オレがそう言うと、その人の目が少しだけ見開かれる。
なんとなく、予想の付いた反応だ。
その人が口を開く。
「お前…オレが見えるのか?」
「ええ」
オレは頷く。
信じられないことに、その人は……その姿が半分、透けていた。
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