あなたへ贈る最後の言葉
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窓から柔らかな光が差し込んで来る。

どこからか聞こえてくるのは鳥の歌声。

嗚呼、此処は悲しいほど平和な世界。

彼が微かに身動ぎし、寝返りを打つ。

彼の髪をそっと撫でる。彼が気持ちよさそうにほっぺたを緩めるものだから、思わずその頬にキスをした。

すると彼はくすぐったそうに身を引っ込めて。けれど僕は彼から手を離さない。


その手に。頬に。頭に。目に。白い肌のいたるところに包帯を幾重にも巻いて。眠りについている彼。


彼をもう、手放したくはない。

…と、不意に彼の手が動く。彼に意識が戻ったらしい。

彼は僕の手をぎゅっと握って。包帯に巻かれた目で僕を見てくる。

見えないはずの目で、彼はじっと僕を見ていた。


「…骸?」

「―――ええそうですよ。おはようございます。隼人くん」


震えそうになる声を抑え、必死に平気そうに言葉を放つ。

彼はそれに気付いているのかいないのか。微笑んだまま言葉を紡いだ。


「死んだかと思った」

「…危ないところだったんですよ。あと一足遅ければそうなっていたでしょうね」


彼は見えないはずの目でただただ僕を見つめてくる。

見えない視線に全てが見透かされていくような感触を覚えた。

それはきっと…僕の罪悪感が産んでいるもの。


「そっか…オレを戦場から拾ってくれたのは?」

「あのアルコバレーノですよ。隼人くんを安全圏まで持って来たらまたすぐに行ってしまいましたけど」

「リボーンさん…そうか。オレまた迷惑かけちゃんったんだな…悪い。後で謝っておいてくれ」


後で。その言葉に手を握る力を思わず込めた。


「そんな、人に頼るだなんて隼人くんらしくない。ご自分でなさったらどうです?それに僕とあのアルコバレーノは…」

「仲が悪いって?そんなのお前が言ってるだけだろ?リボーンさんはなんとも思っちゃいないって」

「…って、今は僕とアルコバレーノのことなんてどうでもいいんです。今は隼人くんですよ」

「あ。逃げた」

「逃げてません」


きっぱりとそう言っても彼はくすくすと笑うばかり。


「…じゃあ、そういうことにしておいてやるよ」

「…それはどうも」


そこから会話は途切れて。春の日差しが平等に僕たちを照らすばかり。

…このまま、時が止まってしまえと願う。幼稚だと思われても、でもそれでも。


だってほら。


「…な。骸」

「―――はい?なんですか?」

「オレ…眠くなってきたわ」


終わりの時は、もうすぐそこまで来ている。


「…そうですか。まぁ隼人くんは今重症人ですからね。眠るのも仕事のうちですよ」

「ああ…そうかもな」


彼の力が抜けていく。段々小さくなっていく。


「じゃあ…骸」

「はい」


彼の力が消えていく。僕はそれに比例してぎゅっと彼の手を握り締めた。


「おやすみ。…あと、」


そして彼は、眠りに就いた。


「ありがと。な」


二度と目の覚めない、眠りに就いた。


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さよならの意味を込めて、あなたに言います。

―――おやすみなさい。隼人くん。