聞こえない
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聞こえない。聞こえない。

あなたの声が、聞こえない。


時は夕暮れ、場所は戦場。

オレたちはその真っ只中に。

時間は流れ、抗争は終焉を迎えようとしていた。

もう、生きてる人間よりも死体の数の方が多くなってるから。

だけどそれでも戦いは止まらない。

互いが敵と認識する奴を全滅させるまで、最後の一人を殺し尽くすまで、オレたちは止まらない。

夕日がオレたちを赤く染める。だけど視界が赤いのはそのせいだけじゃない。

周りの人間と、死体から流れる多くの血液が大地を伝い、空に舞い、世界を赤く染めている。

重く湿った空気。息をするだけで血は口に胃に入ってきて。噎せ返り、咳き込みそう。

地には赤黒い水溜まり。脂。骨。死体。それらを踏み付けて、踏み潰して。死体を増やして。増やされて。

視界が赤い。思考が赤い。世界が赤い。

そんな赤しかない世界で、


「―――――」


黒いあなたが、見えた。

何か言っていると、それだけが分かる。

だけどオレには、あなたの声が聞こえない。


「―――――」


あなたは何か言っている。

聞こえない。聞こえない。何も聞こえない。

銃撃音、爆音、怒号、悲鳴。それらの音はよく聞こえるのに、それらの音に塗り潰されて、あなたの声だけが聞こえない。


「―――――」


あなたが何か言っている。

それを視界の端に捉えながらも、オレは動き、相手の攻撃を避け、敵を討つ。

世界が更に赤く、赤く。


………。


もしかして…

無心に敵を屠っていると、ふと、頭の片隅で、思った。

そうだと気付くと同時、オレの腹に無数の銃弾が叩きつけられた。


「―――――!!」


視界に見えるあなた。

あなたの声は聞こえない。

オレの口から赤いモノが溢れ出て。

痛みは不思議と感じない。


…ああ、なるほど。

あなたの声が聞こえないのは当然でした。


赤い世界は暗くなり、音も消える。

あなたの声は聞こえない。

もう何も、聞こえない。


++++++++++

死にいくオレと、生きゆくあなた。

死者が生者の声を聞けないのは、当然でした。