陳腐な奇跡
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年の終わり頃だった。
獄寺くんが、オレに希望のクリスマスプレゼントを聞いてきたのは。
オレがマフィアになって、イタリアに渡って。もう何年になるけど。
…実は。オレたちはまだ二人っきりでのクリスマスなんて。過ごしてはいなかった。
お互いに多忙で。…それに、大人になってまだクリスマスなんて。少し恥ずかしくて。
…でも。たしかに獄寺くんと一緒に過ごしたい、ていう願望だけはあって。
けれど願望は願望だから。まさかそれが実際に起きるなんて思わなくて。オレの顔はきっと唖然としていたことだろう。
たしかに。その年のクリスマスはお互いに予定は入ってなかった。…そのときは、だけど。
でもクリスマスなんて一ヶ月以上先の話で。それまでに忙しくならない、なんて保障はもちろんどこにもなくて。
………でも。獄寺くんがそんな風に。嬉しそうに。楽しそうに聞いてくるものだから。
オレは、なにもいらないよ。
なにも…ですか?
うん。なにも。いらない。
そうですか…
うん。…なにもいらないから―――
はい?
クリスマスは二人っきりで、過ごそうね。
その時の彼の顔を、覚えてる。
とても嬉しそうで。…喜んでいて。
その時の彼の台詞を、覚えてる。
はい!絶対に二人で過ごしましょう!…なんて。本当に本当に幸せそうで。
久々に、心の底から笑った。声を出して笑うなんて、イタリアに渡ってからは初めてだった。
…そして。それから数日後―――
彼は、眠った。
その身から、深紅の花弁を踊らせながら。
オレは、何も出来なかった。
彼を撃った暗殺者を迎え撃つことも。…撃たれた彼に、駆け寄ることも。
本当に、何も出来なかった。動けなかった。
ただただ大きく目を見開いて。その状況を察しようと…あるいは、察しまいとするのに、手一杯で。
10年付き合いの彼らが来てくれなかったら。オレもそこで終わっていたことだろう。
しっかりしろと言われた。こんなことでは命がいくつあっても足りないと。
―――けれど。
その時のオレには、何も聞こえてはいなかった。
ただ、あのシーンが脳内で繰り広げられてるだけだった。
思い出されたのは、数日前の彼の台詞。
聞こえてきたのは耳に慣れた、音の割れた銃声。
見えたのは命の赤を、血潮の赤を。大量に噴出す―――
愛しい愛しい、獄寺くん。
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