陳腐な奇跡
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時間が経つのは、本当にあっという間。
気が付けば、クリスマスまであと一時間だった。
仕事は既に終わらせてある。今から彼の元へと行っても良いぐらいだ。
けれど。…何故だか足が重い。
…何故だか、じゃないか。理由ならちゃんと分かってる。
オレはもう、あんな味気のない、虚しい時間は懲り懲りなだけだろう。それだけの事だろう。
クリスマスではなければ。彼の元へといくのはこれ以上ないほどの楽しみで、…今のオレの人生の、唯一の楽しみと言っても良いぐらいで。
でも。クリスマスは。その日だけは。どうしても楽しみには出来なかった。
それでもオレは行くのだろう。
「…獄寺くんが、寂しがったらいけないからね」
今のオレは、傍から見たらどんな人間なのだろう。
目覚めない人間に時有らば、時間の許す限りに語り掛けるなんて。
狂気の沙汰だと哂われるだろうか。それとも哀れだと嗤われるのだろうか。
そんな事を思いながら、自虐的な笑みを浮かべつつ。オレは彼の部屋へと赴いた。
いつもの通りにノックをして。いつもの通りに「入るよ」と断りを入れて。
ガチャっと。扉を開いて。入って。閉めて。ぱたん。
いつものように彼の寝顔を見る。緩やかに彼は呼吸をしていて。本当にただ、眠っているだけの状態で。
オレは椅子に腰掛けて。
「獄寺くん―――」
語り掛ける。いつものように。
「…今日はね……いや、明日か。あと少しで日付が変わるんだけど――クリスマスなんだよ」
彼は応えない。何も応えない。それでもオレは語り続ける。
「二年目だね…去年、オレはキミの言葉に、二人っきりで過ごせればそれで良いって答えたよね…覚えてる?」
今オレは一体どこにいるのだろう。身体は彼の部屋。けれど頭の中は一年前のあの場所に。
「皮肉な事に、本当にそうなっちゃったよね…本当に二人っきりで。……ただそれだけで。他は何もなかったよね」
あれほどまでに虚しい日はない。あれほどまでに寂しい日はどこを探しても見つからない。
「今年のクリスマスも…そうなるのかな」
10代目。
今年のクリスマスプレゼント…
10代目は、なにがよろしいですか?
ふと思い出されたのは、そんな。あの日の彼の言葉。
「…今年はね」
「獄寺くんと二人っきりでっていうのは当たり前だけど…」
「出来ることなら。今年は起きた獄寺くんと過ごしたいな」
「オレの呼びかけに獄寺くんが応えて」
「獄寺くんはオレの名前を呼んで」
「そんなクリスマスが、良いな」
「―――――…一晩だけでも、良いから」
それは。言うなれば奇跡というものだろうか。
彼は二度と目を覚まさないのに。なのに起きろだなんて。
ああ…―――でも。
折角のクリスマスなんだから。奇跡の一つぐらい願っても良いじゃないか。
クリスマスを逃して。一体いつ、奇跡を願えというのだろうか。
イメージ的なものだけど。なんとなく奇跡の一つや二つ、起こりそうな日じゃないか。
どこからともなく時計の鐘が鳴る音が響いて、ここまで聞こえてきた。
―――クリスマスの、始まりだった。
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