陳腐な奇跡
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それからオレの口数は一気に減って。ただずっと、彼の寝顔を見ていた。
本当に、ただずっと。
この部屋の部屋は。きっと外よりも時間がゆっくりと流れているのだろう。
外はあんなに多忙で、一日どころか一週間でさえも。今こうしているうちに流れ去って行くのだろうに。
ゆっくりと。目蓋が下がっていくのが分かった。疲れているのだろうきっと。でも彼の寝顔もまだまだ見ていたいし…
そう思っているうちに、オレの目蓋は意識ごと閉じてしまった。
―――どれほどそうして眠っていたのだろうか。
次に目が覚めた時。今が何時なのか。分からなかった。
…ただ、寝る前の窓の外は明るみが差していたような……
でも。今窓の外は暗いから……
それは…つまり―――
「オレ、寝すぎ…」
ある意味、物凄く贅沢な時間の使い方をしてしまった…
「獄寺くんと二人っきりでいれる数少ない時間なのに…獄寺くん、ごめんね」
「―――いえ、気にしないで下さい。まだまだ寝てても良いですよ?」
………え?
ばっと、勢いよく顔をその声の主に、彼に。向ける。
そこで眠っているはずの彼は。もう二度と目を覚まさないはずの彼は、ベッドで横たわりながらも起きていて。オレを、見ていて。
「ご…」
言葉が出ない。あれほどこの部屋で、物言わぬ彼に雄弁していた口はこんなときに限って役立たずに成り下がった。
「…10代目、お疲れなら部屋に戻って休まれては?…駄目ですよちゃんと休養も取らないと。倒れてしまったらどうするんですか」
誰のせいだと言ってやりたかった。一体誰のせいで、オレがこんなことになっていると思っているんだと。
…でも。
「獄寺くん…!」
オレは彼に飛びついた。そして力いっぱい抱きしめた。彼がどんなに苦しかろうと、手加減なんてしない、出来ない。
「獄寺くん、獄寺くん、獄寺くん…!!」
その言葉しか出てこないかのように、オレは同じ台詞を繰り返す。何度でも、彼の名を繰り返す。
「はい、10代目。10代目、10代目…」
獄寺くんはオレの呼びかけに応える。何度でも何度でも。
それは紛れもなく。オレの願ったクリスマスだった。
これでもかまだ足りないかというほど獄寺くんを抱きしめたのち、オレはようやく獄寺くんを解放する。
「…よかった。獄寺くんが目を覚まして…獄寺くん、もう二度と目を覚まさないだろって言われてたんだよ…?」
「それは…ぞっとしませんね。そんな使えない部下、切り捨てるべきですよ10代…」
「オレがキミを手放すことなんて出来ると思うの?」
彼の台詞を途中で遮って。そう言い放ってやる。案の定獄寺くんは困ってしまった。
「えっと10代目…あまり、一つの事に執着するのはどうかと…」
「獄寺くんにだけは言われたくない」
10年前、あんなにオレの右腕にこだわったこと。忘れたとは言わせない。
「それは…その、あれは若気の至りと言いますか、過去の出来事ということで…今オレたちは大人なんですから」
「そんなの関係ない。とにかく獄寺くんが目を覚ましたんだから、そのことはもう良いよ」
オレはまたも彼に抱きつく。ぎしっと、ベッドが軋んだ。
「獄寺くんが眠っていた一年分…今ここで晴らしてあげる」
「い、一年!?オレそんなに寝てたんですか!?」
「正確には、もう少しプラス修正入るけどね…今日はクリスマスだから」
むぎゅーっと、抱きしめる力を強くする。獄寺くんは自分の寝ていた予想外の日数に驚きを隠せてなかった。
温かい彼の体温。とても幸せな一時。
…けれど。
何かを忘れてはいないか?沢田綱吉。
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