陳腐な奇跡
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「…え?」
「つぎ…オレが起きたとき。そのときに、オレを怒って下さい」
笑いながら言うその言葉に、けれど力はもうなくて。
「あ、でも…もちろん、切り捨てて下さっても、構いませんけど……」
「そんなこと、するわけないだろ…!!」
こんな時だっていうのに、一年振りの会話だというのに。なのにこの子は、この子は、この子は…!
獄寺くんはそれだけ言ったら満足したのか、その意識をまた深い深い谷底へ突き落とそうとする。
「やだ…っ 獄寺くん!!」
オレの声にまた獄寺くんが驚いて。また薄っすらと。目蓋を開けてくれた。
「なん…ですか。そんな、情けない顔して…そんな子には、サンタは、プレゼント…くれませんよ…?」
それは、まるで。幼子を一晩だけでも良い子にしようとする母親のような口調で。
「あぁ…そうです。オレ…まだ、言ってませんでしたね……」
「え…?」
「…10代目」
メリークリスマス。です…
鐘が鳴る。鐘が鳴る。ボーンボーンと響いてる。
今年のクリスマスは終わった。彼との時間は終わった。オレの望んだ一晩は、終わりを告げてしまった。
彼は眠っている。今まで通りそうだったように。…ついさっきまで起きていたのがまるで嘘のように。眠っている。
…全くこの子は。自分勝手なことばかり言うだけ言って。そしてまた眠ってしまって…
「獄寺くんの、バカ」
そうだって。知ってはいたけど。またも再確認された。ああもうバカ。この大バカ。
久しぶりの会話で、一年振りの会話での収穫がそれなんて。あんまりだ。
…でも。
「来年、覚えてろよ。…獄寺くん」
オレは自分の目に。彼が眠って以来の、生気が再び宿ったのを。感じた。
そんなことがあったのは…今から一年も前の、話。
あと10分で、彼との三回目のクリスマスが始まる。
オレはその時間に合わせて、仕事をこれ以上ないぐらい的確に、正確に。終わらせていく。
最後の書類を片付けて時間を確認。…あと三分。この部屋とあの部屋までは結構距離があるが――充分だ。
早足で部屋を出る。その速度を落とさず、彼との距離を縮めていく。
…さぁ、今年は奇跡は起こるかな?全ては偶然の事だった?それともあの日の出来事は全部夢だったとか。
そうだったなんて、オレは認めない。彼は確かにあそこにいた。起きていた。
オレはサンタなんて信じちゃいない。そもそもプレゼントを貰える年でもない。でもそんなの関係ない。
マフィアは欲しいものは奪うんだろ?
だったら、奪ってやる。サンタのプレゼントも、聖夜の奇跡も。
10代目。
今年のクリスマスプレゼント…
10代目は、なにがよろしいですか?
ふと思い出されたのは、そんな。あの日の彼の言葉。
その問いに、オレが答えるものは決まってる。
「もちろん…キミとの甘い一時を」
オレがキミを怒ってからだけどね。一年ぐらいじゃ、オレの怒りは冷めやしない。
さぁ彼の部屋まであと五メートル。クリスマスまであと三秒。
大きな音を立てて、扉を開ける。同時に日付が変わった合図の鐘が鳴り響いた。
「メリー・クリスマス。獄寺くん」
一時とは一生。さぁ早く起きて?
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奇跡の時間の始まりだ。
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