止まない雨
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「いやだ…っ獄寺!獄寺!!」

「……うるせえって…」


獄寺は呆れたような顔をしながら言う。けれど、今のオレに余裕なんてなくて。

獄寺が、獄寺が、そんなことばかりが頭を過ぎって。

止血とか、移動させるとか、やるべきことが沢山あるはずなのに、今のオレは一つも思いつかなくて。


「……山本」


獄寺がオレの名を呼んだ。オレは獄寺の顔を見る。


「…オレは、ここで……死ぬけど」

「獄寺!」


オレは獄寺の台詞を遮った。聞きたくなかった。そんなこと。


「山本!」


なのに獄寺はオレに聞かせようとする。とても残酷なことを。


「…オレはここで死ぬけど。お前、は…生きろ」


ああ、なんて残酷なんだ。お前は。

お前のいない世界に、何の意味もないのに。


「いや…だ」

「山本!」


嫌だった。お前が死ぬ現実を受け止めるのも。お前がいない世界で生きる決意をするのも。


「嫌なんだよ!お前がいない世界で生きていくなんて!お前が死ぬのなら、オレも…っ」


そこまで言ったとこで、殴られた。獄寺に。

それには、全然力が入っていなくて。

でも、確かにオレの所まで届いて。


「…生きろ」

「いやだ…」

「生きろ」

「やだ…って」

「お前は、生きろ」

「獄寺…っ!!」


お前は、なんて言うな。

オレは、お前に生きてほしいのに……


「お前までくたばったら、10代目はどうなる」

「ツナ……」


獄寺が死んだら、ツナはどうしようもないほど取り乱すだろう。

それほどこいつらの信頼関係は、厚い。

それと同時に、オレとツナの信頼も…

確かに、オレと獄寺が一度にいなくなったらツナは精神的に大ダメージを喰らうだろう。

そのことを獄寺が心配するのは分かる。

でも―――


「ツナは……大丈夫だよ」


10年前とは違う。小僧だっている。だからきっと、乗り越えてくれる……


「馬鹿。大丈夫なのは分かってる…あの人はお強い方だ」


ああ。そうだな。ツナは強い。


「でも、な…あの人は強いと同時に酷く脆いところもあるんだ……そこをお前が上手く庇ってほしい」


…まったく、本当にお前はツナのことよく理解してるよな。正直羨ましいよ。

でも―――


「その部分は…ハルが上手くやってくれるって……」


オレは、言えなかった。

生きる、と。

ただそれだけの、一言が。

それを言うだけで獄寺を安心させることが出来ると知っていながら。

言えなかった。

言いたくなかった。

獄寺はオレを真っ直ぐ見て――


「……じゃあ」


ゆっくりと、口を開いた。


「オレを、追って、来てみせろ」


酷くオレを、睨みつけながら。


「絶対、許さねぇ」


もう、呼吸するだけで苦しいだろうに。


「意地でも、地上に、帰してやる」


一言、一言。刻み付けるように。


獄寺はそれだけ言うと、一呼吸して――


「でも」


今度は打って変わって、穏やかな顔で、言ってきた。


「お前が、ここから生きて」


笑っていた。


「ずっとずっと、生きて」


それは、まだ10年前、いつも見ていた笑顔で。


「年喰って、禿げて、じじいになって、そんで死んだら」


――オレが、守りたいと思っていた、笑顔で。


「それでこっち来たなら、迎えてやる」


そんなことを


「笑って、迎えてやるよ」


そんなずるいことを、言ってきた。


「オレの笑顔を、守りたいんだろ?」

「……え?」


オレは驚いた顔で獄寺を見返して。

そしたら獄寺は確信的な笑みで、


「……気付いてないと、思ってたか、ばぁか」


血を流しながら、途切れ途切れの口調で、


「あー…もちろん、10代目もちゃんとお守りしろよ。お前よりも先に10代目が来たら、絶対、許さねぇ」


最後にそんなことを、皮肉った笑みと共に言って。

そして獄寺は……動かなくなった。


雨が、降っていた。

ざぁざぁと。

土砂降り雨は、お前の存在さえも、流していって。

何とかお前を繋ぎ止めたかったけど、オレは指一つ動かすことも、出来なくて。

だからオレは、ただお前を見ていることしか出来なかった。

ただ、見ていることしか。


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雨がオレを流す。涙と一緒にオレを流す。