Rainy,Rainy


「ツナと獄寺は?!」

バタン、と激しい音をたてて執務室に飛び込んだ山本は、仮にもマフィア幹部とは思えぬほどの取り乱しようで。
既に幾度目かの光景に京子はため息を吐いた。
部屋には、雲雀を初めとするボンゴレのメンバー、更にはキャバッローネのディーノや、ビアンキといった面々が、一様に殺気を押さえようともせずに無言で席に着いている。

「とりあえず落ち着いて」

と言って、京子は紅茶を並べるが、手を付ける者は一人もいない。
それもそのはず、つい先刻、10代目と、彼に付いていた獄寺が襲撃されたとの報が入ったのである。
敵は一人だったが、かなりのやり手だったらしい。
獄寺が敵陣に突入、ダイナマイトによる自爆同然の攻撃で仕留めたとのこと。

既に綱吉と獄寺は保護されており、今はシャマルが診ている。
見た限りでは、綱吉はほとんど無傷だ。
そう京子は語った。
もうちょっと待っていれば、二人とも元気な姿で戻ってくるわ。
あんまり元気すぎて、きっと心配して損したってみんな言うのよ。
それで獄寺君がいつもみたいに、うっせーな、って言って。

それ以上は、口を開けなかった。


今まで自分が殺してきた相手を思う。
己の躯に死の影が宿ってようやくその気持ちを鑑みることができた。
前へ前へ、ただ先だけを見て、まるで逃げるように、まるで目を逸らすように進み続けてきた獄寺の、最初で最後の追念。

「起きた、か」

枕元でシャマルが囁く。
聴覚も視覚も生きているようだ。

「ったく無茶しやがって・・・」
「シャ、マル・・・?」

喉も肺も、多少苦しいが使える。
これなら話すぶんにはまだ大丈夫だ。
シャマルには、話しておこう。
今回の事件の真相を。
自分の行動の意味を、自分の想いを、この世にひとひらでも残して行きたかった。

「なあ、覚えてるか、・・・」


記憶があやふやなほど昔の話。
父の知り合いで、名のある殺し屋という男が城を訪れたことがあった。

「綺麗な子供だな」

確か、そんなことを言われたのを覚えている。
その下卑た目に晒されていると、自分の躯まで穢されていくような感覚がして、頬に伸ばされた手を払いのけて逃げた。
そうしたら、後で散々父に怒鳴り散らされた。

「やっとこちらとの契約までこぎ着けたというのに!お前はそれを台無しにするつもりか!」

何が何だか分からない。
父まであいつの汚らわしい視線に冒されてしまったのかと、そう思って。
幼い自分は、何も分からずシャマルに泣きつくしかなかった。


「ああ、覚えているよ」

シャマルは顔をしかめていった。

「けど、それがどうしたんだよ」
「そいつ、だったん、だよ」


それから数年経った、それでも昔の話。
ボンゴレに入り、少しした頃。
生憎ダイナマイトを切らしていて、その補充をしようと街に出たときのこと。
いきなり強い力で腕を掴まれたかと思ったら、乱暴に壁に押しつけられる。
闇の中でも相手が誰かは分かった。
男自身が名乗ったこともあったし、それに、その下卑た視線は、封をした筈の記憶を、まざまざと蘇らせた。
男の言葉に拠れば、男は獄寺の記憶よりも更に力をのばし、この世界での地位を上げていて。
逆らってはいけない。
その時の俺に考えられたのは、それだけ。
幼い頃から散々不要品扱いをされた俺に、仮初めとはいえ居場所を与えてくれたボンゴレに、迷惑はかけられない。
何より、再び不要品と見なされ、切り捨てられることが恐かった。
生臭い吐息が首筋にかかり、思わず躯を強ばらせる。

「そんなところで何をしているんだ」

幼い声と鋭い銃声が、すぐ至近距離で響いた。
ぎょっとしたように目の前の男が振り返ると、銃を突きつけた小さい影。

「てめぇは・・・リボーン、か」

撃たれたらしい。
荒い息での言は、問いではなく確認。

「そうだ」

リボーン。
9代目の信頼篤き殺し屋。
名前くらいは聞き知っていた。
チッ、と舌打ちを残し、男は逃げ去る。

「大丈夫か」

その小さい影に声をかけられて初めて、解放されたことに思い至った。
思い出したように躯が震える。

「気をつけろよ。お前はこれからのボンゴレに必要不可欠なんだ」

立ちすくむ俺と、その一言――俺が今まで欲して欲して止まなかった「必要」という一言をその場に残して、彼もまた去っていった。


「多分、俺の、せい、で、あいつは、俺と、リボ、ンさん、を、恨んで」

段々息がしづらくなっていく。
くらりと、ぼやける意識の中で、ただ一言がぐるぐる回る。
リボーンさん。リボーンさん。リボーンさん。

「ああ」

シャマルは、理解した、というように俺の手の甲を優しく叩いた。

「リ、ボーンさ、には、あ、なた、のせ、じゃ、ない、て」
「分かった。『あなたのせいじゃない』って、伝えておく」
「あ、りが、と」

初めて俺の存在意義を認めてくれたあの人。
責任感の強いあの人は、こんな言葉で気を休めたりはしないだろうけど。
それでも、あの人の心にいつまでも俺が根付いていると思うと、それでもいいかな、と思ってしまう。
縛り付けたいわけじゃない。
でも、俺ばかりあの人に縛られてて、ちょっとズルいと思うから、
最後くらい、俺にもズルをさせて。

「リボーンさん」

「大好きです」



それから3年。
今は亡き右腕は、イタリアの小高い丘の墓地に埋められている。
毎年ボンゴレ幹部や元部下達をはじめとして、大勢の人が墓参りに来る。
この日は毎年雨が降るね、と苦笑したのは綱吉。
今日は獄寺の命日なので、雲雀や山本達と連れ立って墓参りに来ていた。

「それにしても・・・まだ納得いかねえや」

山本は眉根を寄せた。

「なんで彼が自爆までして相手を殺そうとしたか?」

それは、ボンゴレのメンバーが何度となく交わしてきた疑問である。
その時10代目を襲ったのが、当時ボンゴレと対立していたマフィアの差し金であることは明白であった。
更に、綱吉と獄寺の技量があれば、相手を倒せずとも、逃げ切ることは可能だったはず。
一旦ひいて、それから黒幕のマフィアを潰す選択が一番妥当だったのである。

「一体あいつ、何考えてたんだろうな」

山本の問いは、答えを求めたものではなかったが、雲雀は皮肉気に答えた。

「あの子は結局、自分が守りたいもののことしか考えてないんだよ」

守りたいものがどれだけ自分を大切に思ってるか、なんてことは、これっぽっちも考えようとしないんだから。


既に俺の心はお前に囚われているのに、

「これ以上縛り付けるなんて、卑怯だろ・・・」

だから、今日くらいはリボーンさんが安心して泣けるように、今年も雨を降らせてあげたじゃないですか。
そんな獄寺の声が聞こえた気がして、また雨脚が強まった。

涙ではない。これは雨粒。
嗚咽ではない。これは雨音。





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No coolly[野送り] の壱様より頂いてしまいました・・・!
あわわ、色々たくさん素敵なポイントがあってどうしようなんだけど全部吹っ飛ぶほどの萌え場が!!
リ、リボーンさんが泣いておられる・・・!!! レアシーンだ!
や、リボーンさんの年齢を考えて大切な人が死んだらそりゃ泣くよね! 歳相応なリボーンさん萌え!

そして獄寺くんに縛り付けられてるリボーンさんにむねきゅんです。
そしてリボーンさんのことしか想ってない獄寺くんにもむねきゅん!
あと昔から「要らないもの」扱いな獄寺くんに熊はとときめきを覚えましたー!!

流石です壱様。ありがとうございました!