他人はそれを「 」と呼ぶ

 獄寺隼人は周囲に気配が無いのを確かめ、静かに息を吐いた。口元に手をのばすが煙草を吸っていないことを思い出し、内心舌打ちする。けれど口寂しさを感じるし武器に必要とは言え、流石に今この場で煙を上げる気にはなれない。
 地面を濡らす赤に視線を落とし、獄寺は再度息を吐く。
 獄寺は右足を撃たれていた。ずきずきと痛む足を引きずり路地裏に隠れたのは良いが、血痕が点々とこの場所まで続いていた。ゆえに敵に見つかるのも直だろう。獄寺もそれに気付いてはいるが、それ以上逃げられないことにも気付いていた。
 獄寺はマフィアである。獄寺にとってそれが生きていく術であり、自分の自然な姿だった。だからファミリーと、生きていく為に汚い事もしていた。それを詳細に知っていたのは、並盛にいる人間だけで言うならリボーンだけであった。日本にいる獄寺にリボーンが仕事を言い渡すのであるからそれも当然であった。ゆえに今、獄寺が参加している抗争もリボーンの口から命じられたものであった。
 火薬に関しての豊富な知識を買われたのだとリボーンが獄寺に言った時、獄寺は嬉しかった。それは任務を与えられたことではない。リボーンに認められたような錯覚を感じて嬉しく思ったのだ。そう感じるのは今回だけでなかったが、一番の自慢の火薬について言われたその日は特別であった。
 だからリボーンが危険だと言ったのに獄寺は意地で任務を受けたのに。
(この結果か…情けねぇ)
 リボーンの顔を思い浮かべ、壁にもたれかかり項垂れた。
 守護者の誰よりもリボーンに気にかけられていない事を獄寺は自覚していた。だからきっと当然だなんて思われるのだろう、と獄寺は苦笑を浮かべたつもりだった。けれど実際は口角は下がり、情けなくて泣き出しそうだった。足の痛みもあり、蹲りたいとさえ思う。それを頭を振って消し去り、近付いてくる足音に拳を強く握りしめた。
 せめて相打ちに、と獄寺は奥歯を噛み締める。
 けれどそれは叶わなかった。
 ぼふんと抜けた音だけが聴覚を、白い煙だけが視覚を埋め尽くし、思わず呆けた声が獄寺の口から漏れていた。

 浮遊感の後、獄寺の目の前に現れたのは老けたジャンニーニと見知らぬ黒いスーツを着た男だった。老けたジャンニーニが目の前で十年前と入れ替わることに成功したようだと、はしゃいでいる様子を眺めつつ、ここはどこなのかと周囲を見回す。
 獄寺はそうやって戸惑っていた所為か、無意識の内に右足を動かしてしまい急に走った痛みに声を上げた。それで怪我をしていることにやっと気付いたらしいジャンニーニは、獄寺の制止も聞かずに医師を呼んでくると部屋を出ていってしまった。
 そうして残された獄寺は気まずさを感じ、視線だけを黒いスーツの男に向ける。
「獄寺」
「…へっ?」
 知り合いなのか。
 そう獄寺が思ったのが表情に出ていたのか、黒いスーツの男は眉間に皺を寄せ溜息を吐いた。
「座れ」
「…んで、てめぇなんかの」
「座れ」
 言うことを聴かないといけねぇんだ、と続けようとした獄寺の言葉を遮って黒いスーツの男は言った。その言葉には妙な威圧感があった。それだけでなく、どこか感じる既視感に獄寺は首を傾げる。
 そうして獄寺が悩んでいる間にも黒いスーツの男は獄寺よりも高い身長を持って見下ろし、座れと再度言うので、獄寺は仕方なく渋々と右足をのばした状態で床に腰を下ろした。その前に男は膝をつき、右足に手をのばす。それに獄寺は反射的に足を引っ込めようとしたが、曲げようとすると痛みが走り、眉を顰めるだけに終わった。
「弾は貫通してるのか」
「…たぶん」
 男の問いに獄寺が曖昧に答えると、男は眉を顰めた。けれどそれも一瞬で、男は迷い無く自分のシャツの袖を引き裂き、獄寺の足にそれを巻きつけ出した。その行動に獄寺は驚き、制止の声を上げたがそれもまた無駄に終わった。
 脚に巻かれたシャツはすぐに赤く染まり、獄寺は眉尻を下げる。
「悪い」
「本当にな」
 その返答にむっと獄寺は表情を歪めたが、反論はしなかった。男はそんな獄寺に息を吐いた後、無茶するな、と呟く。
「アンタなんかに言われたくねぇ」
「そうか」
 ふんと鼻を鳴らし、獄寺を見下ろす姿は楽しそうだった。それに獄寺は苛々とし、舌打ちする。
「お前が言わねぇと分かんねーって言うから言ってやったんだがな」
 そう言って、くっくと男は肩を震わせ笑った。それにただ苛つくだけの筈なのにもやっとしたものを感じ、獄寺は眉根を寄せる。
 けれど獄寺がやっと、誰なのか、と口を開こうとした所で周囲をまた煙が覆った。それに獄寺は焦ったような目でスーツの男を見たが、スーツの男がいるべき時代に帰るであろう獄寺を止められる筈も止める筈も無い。
 ぼふんと抜けた音が部屋に響いた。

 十四歳の獄寺隼人が再度の浮遊感の後、見たものは血の海だった。どうやら自分の命は、こんな形で捨てなくても良くなったらしい、と何だか複雑な気持ちで獄寺はその光景を眺めていた。
 老けたジャンニーニの言葉通りなら、十年後の獄寺隼人がこの場に現れたのだろう。10年バズーカを思えば、あり得ないだなんて誰も言えない。そう考えれば、目の前の惨劇はいきなりこの時代に飛ばされた未来の獄寺隼人が作り上げたのだろうか。
 その獄寺の疑問は背後からの声で頭から消えた。
「獄寺」
 その高く特徴的な声がリボーンのものであることをすぐに獄寺は分かった。しかしどうしてか、つい先程スーツの男に呼ばれた時と重なり内心で首を傾げる。それを吹っ切るように振り返りって、リボーンさん、と獄寺は口を開いた。どうしてここに、と獄寺が問う前にリボーンが、呆れたように溜息を零す。
「まだ抗争に出すには早かったみてーだな」
 その言葉に獄寺はハッとした。何か返答しなければと思うのに言い訳ばかりが思い浮かび、口を開いては閉じる。その様子をリボーンは眺めた後、もういい、と呟いた。
「帰れ、獄寺」
「なっ…嫌です!」
 戦況がどうなっているのか詳細は分からないが、まだ終わっていない筈だ。リボーンに詰め寄ろうとしてまた無意識に右足を踏み出してしまい、痛みを感じた。けれど今度は声を上げなかった。拳を握り締め、まだやれます、と言う。
 それにリボーンは無理なのは明らかだろうと溜息を吐いた。
 そうまでして無茶する理由が何なのか、今日に至るまでに、焦る獄寺の表情でリボーンは何となく勘付いていた。そしてそれが、リボーンが参加すれば終わるであろう抗争に負傷しながら尚参加する理由を考えれば確かだということは分かった。
「邪魔だって分かんねーのか?」
 そう言った声は獄寺が今までに聞いた中で一番冷たかった。びくりと肩を揺らす獄寺にリボーンは得物を懐から取り出し、向ける。
「邪魔すんな」
 その声と同時にリボーンの持つ銃から乾いた音が鳴り、獄寺の頬を弾が掠った。それに獄寺は驚愕に目を見開いたが、背後から響いてきた第三者の苦痛の声にまた助けられたことを理解した。みるみる顔を曇らせていく獄寺を無視し、リボーンは獄寺の横を抜ける。
 背後から聞こえてくる抑えた様な嗚咽にリボーンは眉を顰めた。それでも獄寺が蹲る気配は無い。きっと意地でも涙を流すことは無いのだろうとリボーンは考えた。そうしてそんな獄寺の姿は嫌いではない。
 リボーンは決して獄寺を認めていない訳ではなかった。むしろそれなりに認めているからこそ誰よりも獄寺のことを見ることはなく、厳しく接してきた。
 獄寺自身がそれを全く理解しておらず、それどころか無茶するきっかけになっていることに気付き、リボーンは苛立っていた。未来に飛ばされることが無ければ死んでいたと考える度、リボーンの怒りは増し、八つ当たりのように引き金を引いた。
「今の俺は貴方にご迷惑ばかりおかけしていますね」
 そう言ったのは十年後の獄寺だった。柄にもなく足音荒く、獄寺の気配のする場所に行くと獄寺は既に成人した姿だった。一目で十年後の獄寺のものではないと分かる、足元に広がった血に眉を顰める。
 その場にいる理由をジャンニーニの発明で、と説明する獄寺の姿はリボーンが知っている彼よりも落ち着いていた。
「俺のことを好いて下さる方が出来まして」
 その方の為に自信を持つことにしたんです。
 自身の変化に戸惑うリボーンに獄寺は気付いたのか、そう言った。
「そりゃあ」
 そこでリボーンは一旦言葉を切った。自分自身でも何を言おうとして口を開いたのか分からず、ただ、良かったなとだけ呟く。それに落ち着いていた獄寺は、満面の笑顔を浮かべ、はいと答えた。
 リボーンは思い返しながらも順調に敵を相手し続けたが、どうしてか引き金を引く力がほんの僅かだが強くなった。
 聞いた訳でもないのに十四歳の獄寺の怪我を手当てしたのはその相手の様な気がし、リボーンは眉を顰める。
「ちっ」
 最後の一人まで八つ当たりで撃ち、それでも消えない怒りにリボーンは舌打ちする。それにびくりと背後にいる獄寺が反応したことに気付いたが苛ついた心では、浮ついたお前が悪いのだとしか思えなかった。







「ちったいリボーンさんのツンデレ」とのことでしたが、すみませんよく考えれば全然これっぽっちもちったいリボーンさんはデレてない気がします(土下座
私的には助けに行ったり、前線から外そうとする辺りデレだと言い張ってみますがお叱りを受けそうです。
返品、書き直し等気軽に仰ってくださいませ。むしろ個人的にいつかリベンジします…。
相互して下さりありがとうございます!捏造館の熊侍さまに捧げます。



はわー!! ありがとうございます!! リボーンさんのために頑張る獄とツン9:デレ1のリボーンさん!!
やはりツンデレリボーンさんのデレは分かり辛いところに魅力があると思います! そして獄には決して悟らせまいとする!! これだと思います!! これぞリボーンさん!! というか嫉妬の相手が未来の自分とか素敵過ぎて萌え死にます!!
あと獄のためにためらいもなく服を裂く未来リボーンさんにむねきゅんしました!!
それから普段クールでポーカーフェイスなリボーンさんが獄のことで感情を荒げるという神展開!! くぅう、これですよねこれ!!
いっぱいいっぱいな現代と対照的に未来ではお互い以下に相手が可愛かったか惚気あってればいいと思います☆

こちらこそありがとうございました!!