「幸せの定義」  ‐ 枯れない涙 -





 「獄寺くん。俺を…殺して。」

 静かな空間に響いた声。



 「…何、を…?」

 掠れた声で吐き出した言葉。



 「このまま少しづつ狂ってゆくくらいなら…“自分”であるうちに、君に殺して欲しい。」

 “できるはずが…”言いかけた言葉を飲み込む。彼を殺せるはずがない。だけど…



 「それは、命令ですか…?」



 震える声で聞いた。

 「友人として頼んでいるつもりだったけど…君にそれができないってこと忘れてた。」

 悲しそうに笑った後、静かに閉じられた瞳。再び開かれたそこには…ボンゴレ・ファミリー十代目ボスが立っている。



 「命令だ、獄寺。俺を…殺せ。」

 「…はい。」



 ゆっくりと差し出されたナイフを手にとって、勢いのまま彼の胸に突き立てる。敬愛する人。ボスであり、

友人でもある人。この人が、自分に居場所を与えてくれた。だから…



 「駄目だよ。俺は…君を殺したいわけじゃない。」

 彼の体から引き抜いたソレを、己に向けた瞬間にかかった声。

 「我儘でごめん。でも…」

 ボスではなく、友人としての彼は、小さく笑う。



 「…俺は…あなたのいない世界で生きて行くことなんてできません…。」

 「…知ってる。だけど…獄寺くんは…生きて。どんな形でもいい。だから…」



 少しづつ荒くなる呼吸に反して、小さくなってゆく声。冷えてゆく体。それなのに、こんな時でも自分は…

彼の願いを聞き入れなければならない。



 「…わかりました。」

 多分、ひどく震えていただろう己の声を聞いて、安心したように彼は…二度と目覚める事のない眠りについた。





  あの日、ツナの執務室で見た光景は今でも忘れられない。血に染まった室内の、その真ん中で、部屋の主を

抱きしめた獄寺は、全身を朱に染めて、彼が敬愛してやまない人間からあふれ出る、命の滴を舐めとっていた。

それは凄惨でありながら、ひどく美しくて…。足を止めたまま動けずにいる俺に、真っ直ぐ合わされた視線。



「…リボーンさん。俺…十代目を殺しました。」

どこかうつろな瞳と、夢うつつを彷徨う声で、彼は告げる。



「それが十代目の望みでした。自分が死ぬ事…と、俺が生きる事。“どんな形でもいいから、生きろ”って。

でも、俺…十代目のいない世界で生き続ける事なんて考えられないから。だから、十代目の体を糧にして、

共に生きようと思いました。でも…どんなに己の中に彼を取り込んでも…

俺はこの人と一つになれるはずがないんです。だってこの人は、俺のボス…ですから。」



 つぶやきと共に強くかき抱かれたツナの体から、固まりきらない血液がこぼれて、

獄寺の体を更なる朱へと染める。



 「…だから、リボーンさん…」

 小さなつぶやきと共に向けられる、願いを込めた視線。言いたい事なんて、すぐに分かった。だけど…



 「ツナの最期の願いだ。」



 冷たく、切り捨てることしかできなかった己の言葉に、見開かれた瞳からこぼれる…透明な…滴。

 「弱音ならいくらでもきいてやる。だから…生きてみせろ。」

 「…は…い。」



 つぶやきと共に、血の海の中に崩れ落ちた体。再び目覚めた獄寺は、ただ意識を持っているだけの、

からっぽな存在だった。感情も、記憶も、ほとんど全て失くしてしまっているはずなのに…

ただひたすら、泣き続ける。まるでそれだけが…自分に許された、ただ一つの事だとでも言う様に。

それは、見ている方が苦しくなるくらいに…何よりも辛い生き方。それでも彼は…生きようとし続けた。

あの日のツナの言葉のせいか、救いを求めた彼を、突き放した自分のせいか。多分…



 「俺のせいだな。」



 あの日、強い意思で語りかけてきた瞳。“殺して下さい”と、そう言った彼の願いを、冷たく切り捨てたのは…自分。

あの時こぼされた涙は、彼の“絶望”。死ぬ事も生きる事も出来なくなった彼は…生きるために邪魔になるものを

全て切り捨てた。最後の救いになるはずの、“弱音”を吐く事さえも。だから、時々こうして確かめるのだ。

ほとんど意思など持たない彼の、明確な意思を。



 「…死にたいか?」



 泣き続けるだけの彼の額に押し付けた銃口。

いつからか自分は、彼がうなずく事を期待するようになってしまっていた。

それなのに…そんな自分の願いを裏切るように、彼は笑うのだ。以前には見せた事のない、ひどく穏やかな表情で。



 「…そうか。」



 そのたびに、自分は、うなずかなければならない。それはとても苦しくて。

けれど、自分がここにつなぎ留めてしまったものの重みに比べれば、大した事などないはずなのだ。



 「…悪かったな。」



 つぶやきはもう…彼の元には届かない。

だから、言葉の代わりにぬくもりを確かめる。彼が生きてここにいる、その確かさだけを。







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熊が可哀相なほどリボ獄言ってたら菊池様が書いて下さいました!!

は、はわー/// 初めてリボ獄に挑戦て! 凄過ぎです!!(ん? 獄←リボか? それも良し!)


ツナに「自分を殺せ」と言われ、そして苦しみながらも遂行してしまった獄寺くん。

生きる価値など見出せず。けれどツナの最後の願いは生きて欲しい。

獄寺くんは最後の希望(と言ったらおかしいでしょうか)としてリボ様に頼みます。

残された獄寺くんが頼れるのはリボ様だけなんです。(脳内捏造)

けれどそんなリボ様にすらも獄寺くんは打ちのめされました。そしてタイトル参照です。

そしてリボ様の後悔。いつか獄寺くんを殺す日を夢見ます。


す、素敵です・・・! はわっ 菊池様ありがとうございました!