…本音をいうとオレ。実は少し怖かったんです。


ボンゴレの実験体になるの。ほんの少しだけ怖かったんです。


この事をシャマルに話したら、笑われました。


それは当たり前だって。だって人間なんだからって。


…ああ、オレはいつの間にか人間になっていたんですね。





ね。10代目。…オレに生を与えてくれて。ありがとうございました。










Good-bye. I was happy.










黒い世界に白みが刺して来る頃。この部屋に人が戻ってくる。その人はオレを見るなり驚いて。

「…坊主…お前まだいたのか…」

それはシャマルだった。酷く疲れたかのような表情で部屋に踏み入る。



「まだいたのかって…当然じゃないですか。獄寺くんの無事を確認出来るまで帰ることなんて…」

シャマルの顔が険しくなる。そうかと思えば頭をがしがしと掻いて。

…それはどう言葉を紡ぐか迷っているようで。

「………どうしたんですか? シャマ―――」



「死んだ」



空気が。息が。止まる。

「苦しみ抜いて、死んだよ」

それはまるで背中から冷水をぶっかけられたかのような。無理矢理現実を見せ付けられるかのような。そんな気分だった。





そこからの記憶が、オレには曖昧で。気が付いた時にはうちまで戻ってきていた。

ぼさっと、ベッドに崩れ落ちる。なんだか生きているという実感が湧けない。身体がふわふわして、気が付くと天まで昇っちゃいそう。

「ごく…でらくん…」

小さく呟くも虚しく溶けて消えてしまう。



―――オレの心も、溶けて消えてしまえばいいのに。



目からは昨晩あんなに泣いたからか、一滴も涙が出てきてくれなくて。

…いっそのこと、みっともないほどまでに号泣出来たなら。その間だけでもこの感情を忘れることが出来そうなのに。

「ごくでら…くん」



オレは今一度呟いて。そしてそのまま泥のように眠った。昨日は一睡も出来なかったからそれはあっという間で。

…いや、それともあるいは…

こんな、獄寺くんのいない世界となんて。いたくなかったからか。










そうしてツナが引き篭もってから…早くも数週間が経過した。

ツナは未だ、自身の身に襲い掛かった衝撃から立ち直れないままで。



…けれど。



あいつは、立ち直らなければいけない。

それほどまでに思い積を持っているから。"この程度"のことで一々落ち込んでいてはならない。

それに…



あいつだって。きっとそうなることを望んでいるだろうから。





部屋に入る。…主のツナは変わらずベッドの上に静かに横たわっているだけだ。まるで数週間前の獄寺のように。

「ツナ」

短く、その名を呼ぶ。けれど何の反応もない。聞こえてはいるだろうに。

構わずオレはベッドの上まで上がって。更に言葉を紡ぐ。



「いい加減立ち直れ」

反応は変わらずなくて。オレはやれやれと溜め息を吐く。



「―――――幸せになるんじゃなかったのか?」



それに…ようやくツナは人並みに反応を示す。ピクリと動いて。…こちらを睨み見た。

「なんで知っているって顔だな。…シャマルに聞いた」



獄寺の最後の願い。それは結局ツナ自身の幸せだった。

どうしてもツナが幸せになれないというのなら。せめてその身だけでもとあえて実験体へと志願したというのに。

なのにそうはさせまいとしたツナ自身が。獄寺が誰よりも気に掛けたツナ自身が。そうなる努力をしないでどうするというのか。

確かに受けた傷は酷かろう。けれど。ツナは誓ったのだ。幸せになると。



…それを守らないで。それを破って。どうするというのだ。



「―――――わか、てるよ…!」

腹ただしそうに。苛立ち気に。ツナは毛布の中から這い出て。枯れた声で叫んでくる。その目は赤くて。

…ツナもツナで。このままではいけないということぐらいは理解しているらしい。けれど感情に振り回されていると、そんなところか。



けれど足りない。まだ足りない。獄寺の想いには届かない。それではあいつは浮かばれない。



「獄寺は何時如何なるどんな時だって。お前だけを想っていたというのに。お前はそれに応えないのか」

「ちが…」

「お前は獄寺を 裏切るのか」

「違うって言ってるだろ!!」

「どこが違う。何が違う。…今のお前の様を、獄寺が見たらどう思うだろうな」

「………っ」



ツナは言葉に詰まったかのように俯く。反論が出来ないようだ。

けれどここで甘やかすわけにもいかない。そんな事こいつだって望んでない。

「…獄寺は」

そう、いつだってあいつは。思えばどんな時だって。



「お前しか想ってなかったというのに」





オレが獄寺と再開したのは、そう。

獄寺がボンゴレに収納されることになる、その前日。



それはほんの気紛れで。夜。オレは獄寺に会いに行って。

…夜の病室の中。獄寺は苦しんでいた。呻いていた。叫んでいた。



そこには昼の獄寺は見受けられなかった。あの痛覚を感じず。記憶を失って。そしてツナをその名で呼ぶ獄寺は。



「ぃ、ぎぁ、あ、あぐ、―――あああああああ!!」

自身をきつくきつく。見ているこちらが痛みを感じるほど痛々しく抱き締めて。まるでなにかから耐えるように獄寺はそこにいた。



―――そして、不意に。



獄寺がこちらを見た。その目にオレを映した。

「―――――…!」

獄寺の息を飲む声。獄寺の表情が驚愕に変わる。…それよりも前に。



獄寺の身体が跳ねて。その手がオレを捉えようとか刹那の間に伸びてくる。―――――だが、遅い。



「ぐ、ぁぐ、」

オレが避けると同時に崩れ落ちる身体。冷たくて固い床へと堕ちる身体。オレはそんな獄寺に銃口を向けて。

「…なんの真似だ? 獄寺」

短くそう言ってやると、獄寺は夢から覚めたかのように呻いて。



「ん………リボーンさん、ですか…?」



その口調の雰囲気に覚える違和感。記憶のなかったあいつとは一致しない。ならば答えは一つ。

「お前…記憶が?」

「あは、は…おひさし、ぶりです…」

「一体どういうことだ。………いや、それよりも…お前、見えていないのか?」

弱々しく笑う獄寺。その目はこちら側を見ているのにオレを見ていない。



「―――――はい。も…ほとんど…見えません」



「お前はいつから出てきたんだ?」

「………夜に起きたら、いつだってオレはオレでした」



いつだって。それはいつからか。



想像してここに入院してきた頃だろうか。それとも…日本に戻ってからずっと。記憶を失ってからなのだろうか。

「ずっと困ってました。…気が付くとずっと夜で。傷が身体に響いて痛くて…薬もないし何も出来ないまま夜が過ぎていくんです…」

「それは災難だったな」



気が付くと。時は夜。

記憶も何もかもを思い出し、けれど抗争の最中で出来た傷に苛まされて。苦しんで。

…いや、さっきオレを攻撃していた事から恐らくツナを攻撃するための殺戮衝動すらも"獄寺"に宿っているのだろう。それら全てを耐えて。堪えて。

そしてそうしているうちに朝が来るのだろう。それが先なのかそれとも獄寺が痛みに耐え切れず気を失うのが先なのか。

そして目が覚めたときには昼の獄寺。記憶がない。痛覚もない。故に危機感も。

身体がどれほど傷を受けていても痛みを感じないのだから。危機感を感じれるわけがない。





「―――――リボーンさん」

「なんだ」

「じゅ…だいめには……黙っていて下さいね」

「目なら明日にでもばれるんじゃねーか?」

「…違い、ます…目じゃなくて、オレのことです」



夜になったら獄寺の記憶が蘇ること。伴って痛覚も感じれるようになること。それを獄寺は黙っていろという。



「あの人はお優しい人ですから…余計は心配はさせたくないんです」

「こんな時でもツナか」

オレの言葉に獄寺はくすりと笑って。

「…はい、どんな時だって10代目ですよ、オレは…」



「お前は部下の鑑で、理想だな」

「…あまり褒められてる気がしないんですけど」

「褒めてねぇからな」



確かに獄寺は世のどこにいる部下よりも理想といわれるものだろう。

けれど。理想はあくまでも理想。目指すだけの存在。実際にこんな奴がいたら誰だって「要らない」と答えるだろう。


それは、皮肉か。



「要らない」と言われているから。言われたから。その状態から抜け出したいからこそ理想を目指して。理想になったというのに。

なればなるほど。その不要さばかりが目立ってしまうのだから。

そして最も皮肉なのが、こいつ自身がそのことに全く気付いていないということ。



「お前は盲目だな」



「そうですね…きっと明日には、完全に目が見えなくなっちゃいますね」

「そっちの意味じゃねぇよ馬鹿」

「…ふふ、酷いです、リボーンさん…」

そこまで言って、辛くなったのか獄寺は一息ついて。



「………10代目を…頼みます」

「……………」

「お願いします、リボーン、さん…」



そして、そこで限界だったのか獄寺が意識を失う。次に目が覚めたときにはまた記憶も痛覚も失っているのだろう。そして夜にまた思い出す。

オレは倒れた獄寺に向かって。



「―――――分かったよ。獄寺」





毎晩毎晩苦痛に苛まされていた獄寺。…ただ一晩、最後の日だけを除いては。

あの日。獄寺はふと思いつきで言ったらしい。きっと日本にいるのはもう最後だろうから、出来ることならゆっくりと空を見ていたい。と。

無論視力がもうないのだからそれは無理なのだが。…つまり静かな夜を最後だけでも過ごしていたいと、そう軽く言ったらしい。



それをするのは出来ることは出来る。…ただ、それをするのはやはり薬なのだが。効果が切れたときに今までないほどの激痛が走るだろうとシャマルは警告した。

獄寺はそれを聞いたその上で…それでもと、願ったらしい。そしてその日に。



ツナは来たという―――





気が付くと、ツナは起きていて。…そして相変わらず、オレを睨みつけていて。

「も…、いいから、出て行けよ!」

「お前が立ち直って外に出るというのならな。部屋から出たらまずママンに謝っておけ。心配してるぞ」



「る、っさいな。……外に出て、何するってのさ」

怒りで気力が湧いてきたのか、少しだけツナの身に生気が宿る。…そう、ほんの少しだけ。



ならばそれを少しでも上昇させてやらねばならないだろう。

…それが、ツナの後を任されたオレの務めだ。………最も、最初からそれがオレの役目なんだが。



「何って、そうだな…獄寺の墓参りとか。どうだ?」

「!?」

ツナが驚いた顔でこちらを見てくる。大方獄寺の遺体はイタリアへと収納されたとでも思い込んでいたのだろう。



「シャマルが言ってた。獄寺が最初で最後に駄々を捏ねたと。…イタリアへは戻りたくないんだと」

そう、本当に最後の最後で。苦しみに耐えながら。それでもはっきりと言葉を紡いで。

それはツナの誓いがあったから。ツナが獄寺に約束をしたから。



―――ツナが幸せになると、そう獄寺に言ったから。



だからこそ獄寺が望んだ最後の我侭。今まで散々物扱いされ。使い捨てられるような日々を送ってきた獄寺が初めて人間らしく。

そしてそれに応えたシャマル。幼き頃から知っていた獄寺を助けてやれず、いつも後悔していたシャマルは最後のチャンスとばかりにその願いを聞き入れた。

そうするリスクは高いのに。行ったとして生じるのはデメリットばかりなのに。なのにシャマルは迷いもせず。むしろ良くぞ言ってくれたとばかりに。



望んだ想い。応えられた想い。けれど足りない。あと一つ。まだ一つ。

…それは幸せになると言ったツナが、未だ立ち直っていないということ。

ならば無理矢理にも起こさせよう。さあ起きろ。文句は言わせない。



「それともお前は、獄寺に逢いたくないのか?」

「そ、そんなことっ―――ちょ、着替えるからお前出てけよ!」

毛布を投げつけられ、やれやれとオレは退室する。獄寺効果は期待大だ。これからちょくちょくとこのネタでからかってやろう。



…けれど取り合えず、今日の所は大目に見てやろう。そう、今日だけは。

暫くして出てきたツナはまずママンに謝って…そして獄寺に逢いに行った。



直前に情けない面になったから、オレは「無理でも笑っておけ」と言って。

そしてツナはその言葉に、誰がどう見ても辛そうな表情の上に無理矢理な笑顔を作った。





………そうしてこれが、ツナが立ち直る第一歩となった。





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今まで、ありがとうございました。


オレは幸せでした。


オレは生きていました。


それが出来たのは、全てあなたのおかげなんです。


…だから。10代目。あなたへ心からの感謝と祝福を。





―――――あ、内緒なんですけどオレ。…最後は笑っていけたんですよ?










happiness. fin





共にこの話について考えてくださったこもたけ。様へ捧げさせて頂きます。