望まれてもなかったのに。



殺されもしなかった。



昔から、『形だけ』は愛されていたのだけれど、それはあくまで『形だけ』であったわけで。


本当に愛されていたのか、とか、本当に必要とされていたのか、なんて事は何一つ分からなかった。



どうして、ここにいるのか――どうして生きているのかなんて、分からなかった。




だけど、今は違います。



毎日が楽しくて。


自分の居場所があって。



大切な人がいて。



それを守りきれるっていう事は、とても幸せな事です。



だから、俺はとても幸せなんです。



だから――どうか、悲しまないで下さい。



お願い、ですから。









彼は、そう言って笑った。


確かに、笑ったんだ。









彼方の空は









「ツナ。」





呼ばれて、目が覚めた。


視界に映るのは白い天井と、なんだかんだと言いながら、10年前から付き合いのある男の顔。


いや、『男』だなんていうのは、少しおかしい。


正確にいうのなら、彼は『少年』だ。




自分よりも12も年下で。


まだ、彼は11年しか生きていない。



しかし、その僅か11歳の少年に、10年経った今でも自分は頭が上がらないのだから、おかしな話だ。



思って、笑いながらツナは少年に話しかける。





「おはよう、リボーン。」


「ファミリーのボスがオフィスのソファなんかで寝るな。部下に示しがつかねぇだろうが。」


「仕事終わったら気が抜けてさ、いつの間にか寝ちゃってたんだよ。それに――良いじゃない。ここで寝てれば襲撃を受ける心配もないし、打ち合わせにだって遅刻しないで済むだろ?」


「……風邪でもひいたら馬鹿みてーだろ。」


「分かったよ。今度からはちゃんとベットで寝る。」




少年――リボーンに睨まれ、ツナはソファに横たえていた上半身を起こした。


しかし、ツナは『でも』と続けた。




「でもさ、今日くらいは良いだろ?」


「………今日だけだぞ。」




リボーンはそっぽを向き、小さく言う。


『仕方なしだぞ』とその態度で示しながら言う彼に、ツナはまたしても笑った。



それから、訊ねる。




「もう、時間?」


「あぁ。もう車は用意できてるからな。さっさと準備しろ。」


「了解。」




背を向けるリボーンに、ツナは応えながら大きく背伸びをする。


ソファなんかで寝たせいだろうか。


伸ばした背中に、少しの痛みと、骨の、パキパキという音が走った。




あぁ、そういえばここ最近デスクワークばかりで運動なんてしていない。


ある程度体を動かさないと、そろそろこの背中やら肩やらの凝りが慢性化してしまうかもしれないな。




そんな事を考えながらも、だらしなく歪んだネクタイを結び直す。


リボーンがその後ろで、いつも携帯している銃の確認をしているのか、ガチャガチャと言う音が部屋に響いた。


と。





「――ツナ。」


「何?」


「………大丈夫か、お前。」




リボーンが突然訊ねてきた。


その問いにツナは一瞬目を丸め――それから、また笑った。




「どうしたの?そんな事訊くなんてリボーンらしくないじゃない。」


「………。」


「あれから、もう3年も経つんだ。…感覚なんて麻痺したよ。」


「……そのセリフ、部下の前では言うなよ。」


「分かってるよ。…そろそろ出ようか。」




言って、ツナは黒い上着を羽織った。







「そんな事言って、もしも死んじゃったらどうするの?」




5年前。


自室で、ツナは獄寺に訊ねた。


特に深い意味なんてない。




――ただ、獄寺が『10代目は俺が守ります』なんて事を呟いたからだ。




高校卒業間近、ボンゴレの引継ぎの準備が進んでいた頃。


不安の色を隠せないツナに、たまたま遊びに来ていた獄寺は言った。



『命に代えても守ります』と。



出合って5年経っても変わらない彼の忠誠心に、ツナは苦笑する。


それから訊いたのだ。



すると、彼は笑って言った。




「それはそれで、きっと幸せですよ。」


「え?」




思わず聞き返す。




「貴方を守って死ぬなら、とても幸せです。」


「……何それ。」




言葉に詰まってしまう。


ツナの顔に浮かんでいた苦笑が、少しばかり歪んだ。


だが、目の前の獄寺は笑ったまま続ける。




「だって、貴方を守ったんですよ?」


「……?」


「それって、死ぬ時まで貴方から離れず、仕えていたって事じゃないですか。…俺は、それだけで充分幸せです。」




言いながら、自分のセリフに満足したのか、うんうんと頷く獄寺。


しかし、ツナは『それこそ何なの?』と言って再び苦笑を漏らす。




「何それ?…じゃあ獄寺君が死んだ後、俺はどうするのさ?」




君がいなくなったら俺、ずっと1人で泣いてるかもしれないよ?




溜息混じりに言う。


半ば、呆れた様に。


だが、それでも獄寺は笑う。


鈴のように、ころころと笑ったままだ。




「やだな、10代目。10代目はそんな事しないで下さいよ。」


「…どうして?」


「だってその場合、俺は満足してるのに10代目は悲しむってことじゃないですか。俺、そんなの嫌ですよ。」




10代目の悲しむ顔なんて、見たくないですよ、俺。




言いながら、獄寺はテーブルの上に出されていたカップに手を付ける。


カップの中の紅茶が、冷え切った獄寺の指に温度を与えたのか、その手に少し色が戻った。




「それに、悲しむ必要なんてないですよ。俺は幸せなんですから。10代目は――笑ってて下さい。」


「…勝手だね。」




彼特有の、『ニカッ』という笑いを携えながらそう言う獄寺に、ツナは苦笑するほかない。


彼といると、どうしてもこの表情のままになってしまう。



ツナは内心で笑った。




「だって――俺、10代目に昔の事話しましたよね?俺が城に住んでた頃の話。」


「…うん。」


「俺は、あの城では、望まれていた子供ではなかったんです。なのに、殺されもしなかった。」


「………。」




全く、迷惑な話だと思いません?




笑みを、苦笑に変え、獄寺は続ける。



「昔から、『形だけ』は愛されていたんですけど、それはあくまで『形だけ』であったわけで。本当に愛されていたのか、とか、本当に必要とされていたのか、なんて事は何一つ分からなかったんです。」



どうして、ここにいるのか――どうして生きているのかなんて、分からなかった。




「だけど、今は違います。」


「………。」


「毎日が楽しくて。」




自分の居場所があって。



「大切な人がいて。――それを守りきれるっていう事は、とても幸せな事です。」



だから、俺はとても幸せなんです。



「だから――どうか、悲しまないで下さい。…お願い、ですから。」






そう言って、彼は笑った。







「――ここに来ると、どうしても君のその言葉を思い出すよ、獄寺君。」




冷たい風が頬を撫でる。


良い景色の見える場所というのはほとんどの場合、風通しも良く、この季節に訪れると体がどうしても冷えてしまう。



でも――どうしても、今日はここに来なければならなかった。


例え他の仕事を押してでも。




「――君がいなくなって、もう3年も経つんだね。」






目の前には、白い墓石。


ツナの手には白い花。



ツナは切なげに笑った。





「君は今…幸せなのかな…?」




ここには居ない、彼に話しかける。






あの会話が交わされた2年後、彼は眠った。


胸元に血の華を咲かせ、凶弾に倒れた彼。


あの言葉通り、命に代えてツナを守ったのだ。




そして言葉通り、彼は幸せそうだった。


幸せそうに、笑って眠った。






「獄寺君は律儀だよね。…ちゃんと約束を守ってくれた。…でもさ…」




でも――だけど。




「俺は約束、守れないよ。…3年たった今でもこんな情けない顔しか君に見せられないや。」




今では、いつも彼に向けていた苦笑すら出てこない。


顔に浮かぶのは『哀しみ』だけだ。





「ほんと、いつまでたっても俺はダメツナだぁ…。皆の前じゃ、もう平気な顔してられるのに…ここに来ると泣きたくなる。」





この3年、ツナは他のボンゴレメンバーの前では一切涙は見せていない。


ファミリーを不安にさせてはいけない、と自分に言い聞かせているのだ。


今も、リボーンや山本をこの近くに連れてきてはいるものの、車の中で待機させている。




「皆で来たほうが良いんだろうけど…獄寺君なら分かるでしょ?…皆の前でこんな顔するわけにはいかないからさ…。」





獄寺が眠りについて3年。


そのショックからまだ、完全には立ち直れていない。




「本当なら、君にこそ見せちゃいけないんだろうね、こんな顔。…だけどさ、今日だけは許してくれないかな?」




今日は君がいなくなった日だから。






俺を庇って君が倒れて。


白い雪の絨毯に、赤い染みが広がった。


俺は慌てて君の体を抱き起こしたけど、その体からはどんどん温度が逃げていって。


軽くなっていってるはずの体が、だんだん重くなっていくように感じたんだ。




俺は半狂乱になって、医者やら救急車やらを呼んでいたけど、君は笑ってた。


本当に、満足そうに。




だけど。





「本当に君は満足だったの…?」







ねぇ、獄寺君。


俺は今でも夢に見るんだ。


君がいなくなったあの瞬間を。




5年前の、あの日あの時、君の『死ぬまで離れず』って言葉に嬉しくて――安心して俺は笑ったけど。


もし、あの時俺が『ふざけるな』ってひと言言えば君はまだ生きていたんじゃないかな。


俺の傍で生きていて、一緒にいてくれてたんじゃないの?





3年経った今でも後悔の念は消えない。


頭の中によぎるのは『もし』とか『こうしていたら』とか、後悔の言葉ばかりだ。



『考えても仕方がない』と分かっていても、そんな事ばかりを考える。






ねぇ、獄寺君。


君は今岬の上に眠っているんだよ。


凄く綺麗な場所なんだ。


海も、空もはっきり見える。



――君に見せられないのが、残念だよ。





ねぇ。


そっちはどう?


そっちの景色は。


空は見える?


海は?



それとも、こっちの世界にある物なんてそっちにはなくて、そっちは俺が想像も出来ないくらい綺麗な物ばかりなのかな。




俺は君との約束は守れていないけど、それでも頑張ってるから。


だから、せめて願わせてくれないかな。





あぁ。


どうか。


どうか、君の眠りが安らかなものでありますように。






彼方の空は Fin.










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………ッッッ!!!!(←無言で土下座中)


もう、何て申し上げれば良いのか…!

いや、もう何を言っても無駄のような気がする!;(←『気』じゃなくて事実その通りだ)


初めて書くツナ獄の小説がこれって…!

しょっぱなから死にネタってどうなんだ自分!;

しかもコレキリリクなのに…!


あぁ!!;

長らくお待たせした上に、こんなものを押し付けてしまって申し訳ありません、熊侍様…!


素敵な小説下さった熊侍様にこんな物を押し付けるだなんて、本当恩を仇で返しているよ私…!;



本当にすみません、熊侍様!

どうかコレに懲りず、これからも遊びに来てやって下さいませ;



ここまで読んでくださった皆様、本当に有難う御座いました!





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切って洗って水の中 の空様から頂きました!

ていうか何言ってんすか黛さん! 黛さんが土下座なら熊侍は切腹モノですよ!!(何張り合ってんだ)

もうツボ過ぎてどうしようですよ! 特に獄寺くんの家庭事情とか熊を萌え殺すつもりだとしか考えられません!!(え)

ツナのいつまで経っても癒えない傷にも萌え悶えましたし!(誰か。ここに人の皮を被った鬼がいます)

いやもうホント、ありがとうございました!!!