そして一人の夜は更ける(10年後設定)



「リボーン…」
ぼんやりとホテルのロビーを行き来する人の姿をながめながら、いちばん近くにいる一人にだけ聞こえればいいと小さくつぶやく。
その相手は、リゾート地に不釣合いな黒のスーツ…と言ったところで俺もまた、今回の旅行では目にすることもないと思っていたはずのスーツを身につけさせられここにいたりするのだけれど。

「なんだ」
「確認なんだけど。俺たちってさぁ、休暇として、ここに来てるんだったよね?」
「お前以外はな」
取り付く島もないほどあっさりと言い放たれ、あまりの素っ気なさに一瞬言葉を失う。

「なんでだよ!俺、みんなと一緒にここに来るために、徹夜してまで仕事片付けたってのに!」
移動中仮眠をとろうとはしたものの、あのメンツで行動していてそれができるわけもなく。
睡眠不足の上、はしゃぐ京子ちゃんとハルに連れ回されたおかげでふらふらになりながらもホテルに到着したのが1時間ほど前のこと。
それから一度それぞれの部屋へ行き、夕食のためロビーに集合という話だったはずが……そこにはなぜかリボーンしかいなくて。辺りに他に、見知った顔がないことを確認しリボーンに嵌められたことを察知した。

「しょーがねーだろ。これも、お前らが揃ってアジトを離れるために、その条件としてジジイどもに提示した口実の一つなんだから」
「それは…わかってるけどさ…」
わかってるけど、そういうことはもう少し早く言ってほしい。そう思うのは、俺のわがままなんだろうか。

先代である9代目がお世話になった人がこの近くに住んでいるらしく、挨拶ついでに食事でもしてこいと言われたのはついさっきのこと。
今回の旅行が決まってから数日たった今日。その間、何度となく俺にそのことを告げる機会はあったはずなのに、現地で初めて聞かされるというのはいかがなものかと思う。
そのうえ、9代目の知り合いってことはクセのある、油断できない相手なんだろうなぁと、それを考えるだけで憂鬱だ。

「迎えの車が来たようだぞ。獄寺がお前を呼びに来た」
「えっ?!」
ため息をつき、きらめくシャンデリアに目をやったところに聞こえてきたその名前。彼もまたみんなと一緒にホテルを出たのではなかったのかと―――慌てて身体を起こした。

ほんの少し、リボーンの嘘ではという気持ちはあったものの、視線の先には確かに獄寺君の姿。
ホテルに着くまでのラフな服装ではなくジャケットをはおり、アジトで見る時とさほど変わりない格好だ。
マフィアという仕事から離れ遊びに来ているというのに、こんな時まで右腕として俺の側についていてくれるんだと、感動さえおぼえる。

「あれ…?」

しかしこちらにたどり着く前に、その歩みが止まった。
どう見ても二回り以上年上の、見知らぬ男に声をかけられたせいだ。

「どっかのファミリーの奴ってわけでもなさそうだな。ナンパでもされてんじゃねーの、あいつ」
「ナンパっ?!」
面白いものを見たと言わんばかりの笑みさえ含まれた声に、勢いよくリボーンへと顔を向ける。
というか、恋人のくせにやけに落ち着き払ったリボーンの態度のほうが、俺としては気になったりするんだけど。

「獄寺君がもてるのはわかるけど、リボーン、心配じゃないの?」
この際相手が男だとかはスルーして。

「わかってねーな、お前。あいつが俺から離れられるわけねーだろ」
「すごい自信…」
にやりと浮かべられた笑みに、気を遣って損をしたような気さえする。

「やっぱそうだったみたいだぜ。なんなら賭けてみるか?獄寺があの男についていくかどうか」
声が届く距離じゃないからきっと、彼らの唇を読んでの発言なのだろう。
しかし俺はリボーンが持ちかけてきた賭けの話を無視し、思い付いたことを口にする。
「リボーン。今度、読唇術教えてよ」
「動機が不純だな」
「マフィアをやっていくうえで役に立つだろうし」
「一理ある」
言い訳めいた言葉に、物は言いようだな、と小さく笑われた。

「たのしそうですね。なんのお話をされてたんですか?」

と、そこに降ってきた穏やかな声。
顔を上げれば、やさしい微笑み。
見ていた限り、さっきの男の前では一度として浮かべられることのなかったそれが、俺たちの前では惜しげもなく晒される。彼自身、それが俺たちを優越感に浸らせていることなど知りもしないのだろうけれど。

「たいしたことじゃない。お前がナンパされてるみたいだったからな…あの男が成功するかどうか、賭けようとしてたところだ」
だからなんでこいつはこーゆーことを言っちゃうかな。
獄寺君が気を悪くするんじゃないかと、気が気でならない。

「またそんなことを言って。俺が、リボーンさん以外の奴になびくなんてことあるわけないじゃないですか。何か目的があるならついていくかもしれませんけど…って、どうしたんですか?2人とも、変な顔して」
「いや…なんでもない、よ」
さらりと返ってきた言葉にリボーンが言ってた通りだと思いつつ、けれどまさかここまでとは思ってもみなかった。
そのうえ、獄寺君にとって今の発言は特に意識してというものでもないのだろう。
無自覚でのろけられては、こちらとしても対処に困るというか。

けど、2人ともって?
獄寺君の言葉がよみがえり、こっそりとリボーンの様子をうかがってみる。

と、そこには、滅多に見ることのない驚いた表情のリボーン。
とはいえそれは、一見してわかるかどうか微妙なくらいの変化で。
赤ん坊の頃から今まで、なんだかんだでけっこうな時間一緒にいた俺くらいにしか…いや、変な顔と指摘したくらいだから、獄寺君もわかるのかもしれない。

「リボーン、」
もしかすると、今後二度とお目にかかることなどない―――そう言ってしまっても過言ではない場面に遭遇し、そっと口を開く。
しかし、俺の呼びかけに、ごく自然にいつもの調子を取り戻すあたりはさすがと言えるだろう。
静けさをたたえた黒い瞳が俺をとらえる。

「リボーンが主導権握ってるように見えて、実は、年上の恋人のほうが一枚上手なんじゃないの?」
普段リボーンには散々な目に遭わされていることもあり、知らないうちに、面白がるような口調になっていた。
「お前、面白がってるだろ…」
どこか嫌そうな顔。もしかすると、照れ隠しなのかもしれない。ふと、そんなことに気づく。
もちろん、リボーンが言った通り面白がっているというのもあるけど、昔からあまり感情を表に出すことのなかったリボーンが、獄寺君のおかげで少しずつ変わってきているという事実が俺にとっては何よりうれしかったりするんだけど。

「獄寺」
しかし、そんな俺の思いにリボーンは気づいていないのだろう。
話題をそらすように視線をそらされ、獄寺君のほうへと顔を向ける。

「そういうことは、他の奴がいる前ではあまり言ってやるなよ」
「どうしてですか?」
「お前の発言に一喜一憂する奴が山ほどいるからな。下手にダメージを与えて使い物にならなくなると後が面倒だ」
その言葉を獄寺君は理解できていないらしい。が、あまりにも的確なその発言に俺はうなずきかけ、しかし、俺もまたその内の一人に数えられているのかもしれないと思うと心中は複雑だったりする。

「それより。迎えの車が来たんだろ?」
「ぁ…、はい」
小首を傾げ考え込む姿がかわいいと、ぼんやりそんなことを思いつつ獄寺君の様子を見ていれば、本来の目的を思い出したらしく我に返った視線が向けられてきた。

「すみません、10代目。リゾート地にまで来ているというのに…」
「獄寺君が気にするようなことじゃないよ」
護衛としてリボーンも一緒とはいえ、獄寺君も付き添ってくれるのだから。他の奴らがいない分、考えようによってはラッキーなのかもしれない。
申し訳なさそうな獄寺君の気持ちが少しでもやわらげばと声をかける。

「ツナもこう言ってることだから、気にせず俺たちも食事に行くか」

え?

「予約した時間に少し遅れそうですから、俺、連絡入れときますね」

なにその俺たちも、とか、予約、とか。

獄寺君とリボーンの会話についていけずまじまじとその顔を見つめるが、獄寺君はそれに気づいた素振りすら見せず、失礼しますと短く告げ俺に背を向け行ってしまう。

「ちょ…、リボーンっ!!?どういうことだよ!」
「どういうことって、何がだ?まさか、俺と獄寺もお前と一緒に行くと思ってたとか、言うわけじゃねーよな?」
「っ!」
説明を求め声を荒げるが、それにリボーンが動じるはずもなく。
逆に人を食ったような笑みを浮かべられ、しかし俺の思い込みだったということもあり怒鳴りつけることもできない。

「じゃあな、ツナ」
どこか勝ち誇った――そういうふうに見えただけかもしれないけど――ような笑みを浮かべ立ち上がったリボーンを止める間もなく、俺一人だけが残される。

「なんだよこのオチ…」
昨夜とよく似た状況に、けれど昨日よりもあきらかにやるせない気持ちでつぶやいた。

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アネモネ の雨宮さんから頂きました!
もう獄寺くんが来ると途端に元気になるツナの現金さとかナンパされる獄寺くんとか
「わかってねーな」なリボーンさんとかその通りだった獄寺くんとかそれに驚いたリボ様とか
結局二人はらぶらぶでしたなオチとかだから雨宮さんのお話は良すぎるんですってば!!!
もうしっぽとかパタパタしながら読んでます。えへーv 熊幸せーv
ありがとうございました雨宮さんv