あの時も一日中雨がザーザー降っていて、
身体はとても寒かったはずなのに心は温かかったのは覚えてる。


俺は生まれてから一度も“城”という世界から出た事は無かった。それが当たり前で皆そうなのだと思っていた。
俺の周りにいた同い年の子供らも幼い頃から城の中で育ったし、それらが可笑しいと思えるほど外を知らなかった。
住む部屋も食事も衣服も与えられた。なんら不自由が無かった。そもそも“不幸”って言葉の意味も“不自由”って単語も誰も教えてくれなかった。だから“普通”ってのも何か分からなかったし、あの当時その言葉を教えられても自分が普通なのだという自信が無駄にあった。

俺の世界にいる人はお父様と先生と兄弟と呼ばれる子供。そしてこの城の中で子供とはお父様の望む優秀な子どもになる事を目指し暮らしている存在。自分もその子供の一人だった。
俺の目に映るのは城と窓から見える緑の木々。そして横に伸びる灰色のリボン。その上を走るカブトムシが見えるとこの城にはいつも新しい人間が増えた。それは時に新しい先生だったり新しい弟や妹だったり。そして同時に人が増える前には人が消えた。
それが俺の世界では当たり前の事だった。だから俺も増えた人と同じであのカブトムシと共に現れ、あの灰色のリボンをたどって消えていくのだろう。

これが俺の常識だった。

そしてある雨の日。カブトムシが走るのと同時に現れたのは黒い服を着た男の人だった。黒い服とお揃いの帽子を被り、髪も目も真っ黒。俺の周りにはいない色を持った大人だった。
その人は俺達子供に“リボーン”さんと自分を呼ばせた。先生やマスターや数字でなく“リボーン”さんという名前で。そして同時に名前とはその人を表すものであり大事なものなのだと教えてくれた。不思議な人だった。それが俺の第一印象。
次にあった時、その人は俺の担当の教官になっていた。お父様曰く“俺は優秀な子だから特別な授業を受けなさい”という事らしい。お父様がそう言い残して部屋を出て行くと俺はリボーンさんと二人きりになった。リボーンさんは俺を見下ろして“お前は自分が不幸だと思うか”と尋ねてきた。だから俺は“不幸ってなんですか”と尋ねるとリボーンさんは眉をひそめた。“不自由か”と聞かれたときも同じ返答しか出来なかった。俺はリボーンさんが困ったような怒ってるかのような顔をしたので慌てていつも口にしてる言葉を唇にのせた。

俺は普通です。と。

リボーンさんは俺の返答に満足したのか機嫌を損ねたのか分からない。ただリボーンさんは俺の頭に自分の掌をのせて撫でるような動きをした。この行為にどんな意味があるのかも俺には分からない。だが俺はされるままリボーンさんの掌の動きを感じていた。
理由は分からないけど胸が温かかった。外は昨日から続く雨が降っていて寒かったのに、とてもとても胸は温かかったのだ


翌日から俺はリボーンさんから色んな事を学んだ。今までの先生と同じ黒く重たい玩具での遊び方と、色んな鉄の塊の扱い方。でも今までと違ったのはリボーンさんの授業はとても楽しかった。昨日まで淡々と他の兄弟と同じように同じ玩具で遊んでいたのにリボーンさんとだと何倍にも面白く感じた。
そして授業が終わるとリボーンさんは色んな本を俺に読むように言った。常識、というのが無いと俺はお父様の望む優秀な子どもにはなれないらしい。だから言われるまま俺はリボーンさんから渡された本を読み続けた。本の中には俺の知らない世界があった。城というのは王様やお姫様の住んでいるところで森には魔法使いが住んでいるらしい。だったら俺はお姫様で、お父様が王様なんですかとリボーンさんに尋ねたら「じゃあ俺は魔法使いかもな」と始めて笑ってくれた。本は凄いなと思った。
それからリボーンさんは俺を特別な呼び方で読んでくれた。今までお父様を始め城の人たちから俺は数字で呼ばれていたのに、リボーンさんは俺を“隼人”と呼んでくれた。それがリボーンさんと同じ名前と言うものであり俺を表すものだと知ったとき俺は戸惑いながらも何度も名前を呼んでもらった。隼人、ハヤト、はやと。それが俺の名前。何故だか城中に響くような声で叫びたい気持ちになった。


けど俺が隼人と呼ばれるようになってから182日後。リボーンさんは灰色のリボンの上に消えた。
俺が黒い玩具の取り扱い方を間違えてしまった3日後だった。お父様は俺に怪我が無い事を喜んでくれたがリボーンさんはもう俺の先生にはなれないと告げた。そしてお父様の言葉で俺の代わりにリボーンさんが怪我をしたのだと知った。俺は生まれて初めてお父様の前で瞳から水を零した。


そしてそれからちょうど180日後。俺はリボーンさんを追って灰色のリボンの上を歩いた。
リボーンさんが消えたあの日から俺はずっと彼の影を追い続け、新しくついた教官相手にも前のように遊ぶ事が出来なくなっていた。何をしていても考えるのはリボーンさんのことばかり。だから俺はお父様の望む優秀な子になれないとリボーンさんが消えてから180日の間に判断された。そして廃棄が決まった俺は喉を締め上げられ気を失っている間に森に捨てられた。その日も雨が降っていて傘もささずに濡れた身体は寒かったけれど、リボーンさんを追えると知って俺の心は温かかった。お父様の望む子どもになれなかったのは悲しい。もうあの城に入ることも許されないのは淋しかったけれどリボーンさんともう一度会えるという事は希望だった。
そして俺はずっと見てきた灰色のリボンの上を歩き始める。不思議とザーザーと言う音は聞こえなかった。



歩き始めてから120日目。色んなところで遊びながらも俺はリボーンさんを見つけ出した。
リボーンさんはお城にいるときと変わらず黒い服を着ていたので直ぐに分かったが、何故か白い杖をついて歩いていた。そして雨だというのに彼は雨に濡れていた。俺は不思議に思いながらも彼の名前を呼ぼうとしたが、そこではじめて自分が声を出せなくなっている事に気づいた。そういえば城を出てから自分は音というものも聞いていない。灰色のリボンを歩く事とリボーンさんを探す事に夢中になっていて気がつかなかったが、彼と出会ってはじめて自分の身体におきていた異変に気がついた。
俺は城を出るときに音と声をあの城に置いてきてしまったらしい。そして白い杖をついているリボーンさんを観察していて彼は目をあのお城に忘れてきたのだと知った。その事実に俺の体はぞくりと悪寒が走ったがとりあえず俺は自分のための傘を彼の上にさした。急に雨粒の刺激がなくなってリボーンさんは驚いているようだったが、彼は唇を少し動かすと歩き出した。俺もその後に続いて歩き出す。彼の身体に落ちる雨粒からリボーンさんを守るために。

リボーンさんが城を出てから住んでいた所は小さな裏路地にあるアパートだった。アパートの大きさを見る限り俺の住んでいた城より小さいかもしれない。けど城を出た俺はリボーンさんに出会うまでの間に色々見て学んだ。
灰色のリボンは道路。カブトムシは人の乗る動く鉄の塊。そして城で暮らしていた自分は“普通”では無く“不自由”な存在だった事。でも”不幸”という単語を知っても自分がそうだと思えないのは自分はこうやってリボーンさんと出会えたからだろう。自分は対極にある“幸せ者”なのだ。

そんな幸せ者の俺は彼と見つけたあの日からリボーンさんの住む部屋の隣の空き室に暮らし始めた。最初は住み始めた俺を見て知らない大人が色々言ってきたがあいにく音を城に置いて来た俺には何を言っているのか理解できない。けど俺が城を出てから遊び続けた120日の間に手に入れた紙や何やを見て知らない大人はニコニコ笑って俺に親切になった。何か分からないけれどこの紙切れや小さな丸い鉄は知らない大人たちには価値のあるものらしい。しかし物や何かと交換してくれる事は灰色のリボンを歩いている間に知ったが数十枚の紙切れはこの部屋と交換してもらえた事には驚いた。じゃあこの紙はいっぱいあったほうが良いのだろう。俺はリボーンさんのために自分と遊んでくれる人を探しては紙切れを奪っていった。そして集めた紙で食べ物や色んなものを集めリボーンさんの部屋に届ける。そんな事をしている自分はまるで昔、リボーンさんが貸してくれた本に書いてあった“靴屋の小人”そっくりだと思って口元が自然とほころんだ。


そしてそんな事をしながら何日も彼の傍で自分は過ごした。
雨が降れば彼が濡れないように傘をさし、おなかが減らないように毎日食料を届け続けた。寒さにも熱さにも自分が盾になったし、リボーンさんと無理やり遊ぼうとする人たちが来れば自分が代わりに相手をし続けた。その度にリボーンさんは唇をモゴモゴと動かしていた。俺はリボーンさんの傍にいられれば幸せ者だと思ったがその動きの意味を知る事ができない事は不幸だと思った。

なんで自分は音をあのお城に置いてきてしまったのだろう。
なんで自分は声をあのお城に置いてきてしまったのだろう。
彼の声で名前を呼んでもらい、彼の名前を声に出したい。

これが不自由なのだと俺は同時に知った。


彼がこんなに傍にいるのに、自分とリボーンさんはとてもとても遠い。何故かお父様の望む子どもになれなかったとき以上に自分の心には穴が開いたような感覚だ。俺はあの城を出てから色んな事を知った。けどこの感情の名前を知らない。目から零れる雫の意味も。
俺はあの城を出ても、彼の傍で幸せを知っても、まだまだ知らない事が多すぎる。


俺はその日から忘れてきた音と声の代わりにたくさんの本を読んだ。そして書き方も覚えた。少しでも彼の役に立てるように知識がほしかった。
そもそも自分のことさえ把握できないようでは駄目すぎる。俺は昼は彼の傍で過ごし、夜は紙きれと交換した本をたくさん読んだ。そして何冊も読み、知識をつけるうちに彼がお城で言っていた“常識”と自分の“非常識”を知った。同時にあのお城という空間がどれほど異常なものだったのかも。それを認めるには時間がかかったが、あの森に捨てられ灰色のリボンを歩いてから見て知った日々は自分の意識を改めさせるには充分だった。

自分が玩具と思っていたものは 拳銃 と呼ばれる人殺しの道具。
自分達が与えられた鉄の塊は ナイフ と言う人を傷つける道具。
城の大人が教えた知識は誰かを殺めるための効率の良い方法。
そして・・・自分が遊びだと思っていた行為こそ、それらを実践したことに他ならないのだ。


お父様が望む優秀な子どもとは殺人兵器。
俺を優秀な子供にするために雇った彼は優秀な殺し屋。


それらを知って瞳から雫が零れたとき、この水が涙なのだと言う事と悲しみと言う感情の名前を俺は知る事が出来るようになっていた。



俺はその日から寝る間も惜しんで文章をつづり始めた。初めて書いた文はたどたどしく頼りなかったがそれでも伝えなくてはいけない。
俺のような子供を増やさないためにも、同じ過ちを繰り返さないためにも。誰の目にこの文章が届くのか分からないが、それでも俺は書こうと思った。



−少なくとも、リボーンさんの目にこの文章がうつる事は無いんでしょうね。それだけが残念です。



でも誰か親切な方の目にこの文章が届いたらどうか彼に読み聞かせてほしいです。声を忘れた俺の代わりに。

そして俺の名前を彼に伝えてください。




彼がつけてくれた俺の名前は隼人です。









「それが俺を庇って死んでたガキが持ってた手紙なのか?」


「うん・・・俺はお前の名前聞いてないけど、多分お前宛なのかと思って・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・」


「この子を殺した犯人は・・・この手紙に書いてあるこの子の城の関係者みたい。
今、この手紙と事件をきっかけに警察が動き始めてるから
全てが明るみになるのも時間の問題だよ」


「そうか」


「お前も関係者って言うのならそのうち事情聴取を
頼む事になると思うけど・・・いいかな?」


「構わない。それがそいつの弔いになるだろう。だが・・・」


「ん?何か気になることあった?」


「一つだけおかしな点があるな」


「おかしなところ?え、どのへん」


「いや・・・きっと気のせいだ」








俺が庇ってガキが一人死んだ日、
朝からずっと雨が降っていたはずなのに俺の身体は濡れなかった。

こんな事は初めてではない。
買った記憶の無い食料が増えてたり、
誰かの気配を何時も傍らに感じたり、
今日のように・・・雨のにおいを感じても雨粒を感じなかったり。

最初はその気味悪さに声をあげて見えぬ誰かを威嚇したが、
そいつは何を言われても傍にいた。
どんなに冷たくあしらっても汚く罵っても離れる事は無かった。
だから次第に諦めた俺は自分に危害が無いならと傍に置き続けた。
実害も無ければ自分を殺そうとする刺客のように殺気が無かったし。
血と火薬の匂いを纏った奴だったが不思議と悪意も感じなかった。
感じれたのは純粋な感情。
それが心地よくて、もう会う事の無いであろう生徒だった子供を連想させて
自分としては悪い気分はしなかった。

だから傍に置き続けたのかもしれない。
名前も名乗らない、
どこの馬の骨かもしれない、
何が目的かも分からない正体不明の人間を。

けどその人間がまだ幼いガキで、しかも自分を庇って死ぬだなんて思わなかった。


そしてそのガキが残した手紙を俺達を発見した警察の人間が読み上げてくれても
俺にはまだ事実を受け入れられないでいる。


そうだ、あの手紙はひとつ嘘があった。
だからあの手紙を信じる価値も、信じる理由もないのだ。


銃声と、その直後に俺の身体にのしかかるような感覚を感じたとき
・・・確かに俺は声が聞こえたんだ。
俺の耳に入ってきた幼い声。その声ははっきりと俺に向かって呟いていた。

だから俺を庇って死んだガキが手紙にあるような隼人のはずが無い。
音と声を城に置いて来たという手紙の隼人のわけが無い。

そうさ。俺のわたした本に目を輝かせ読んでいた隼人でも、
自分がお姫様で俺が魔法使いだと笑わせた子供でも、
あの歪んだ城で育った純粋な生徒のはずが無い。



「リボーンさん、ありがとうございました」



その声を俺を庇ったガキの最後の言葉としてあの場にいた誰しもが聞いた。
だからあのガキが隼人のはずが無い。


なのになぜだろう。



昨日からの雨が嘘のように今日は朝から照り付いていて、
身体はとても熱いくらいのはずなのに心は冷たい。





熊さんに捧げます!
先月に一緒にディズ●ーシーのマーメー●ラグーンに入ったときに、当時風邪で喉を痛めて語れなかったヒビキさんが文で叫んだ妄想です。あの時の文章は未だに手元に形として残ってますが・・・読み返すと恥ずかしい・・・。でもリボ獄スキーな熊さんのための修正して書き上げましたvどうぞお受け取りください!

ちなみに灰色のリボンとかカブトムシの表現は昔、なんかの映画であったんですよね。外の世界を知らない少女が見えるものをそう例えてたような・・・ウロですが。思わずタイトルも思い出せないのに採用させていただきました。原作知ってる方いたら情報プリーズです。

貰っちゃいました人魚リボ獄! 声の出ない獄寺くんと盲目なリボーンさんとの擦れ違い…傍にいるのに認識することは出来なくて…。うーん切ない!!!
ノート丸一ページ分綴らせちゃってそのときはあまりにもの萌えと感動に抱きついてしまいましたがその際はごめんね☆
と言うか感動をありがとうございました。熊さんじんわり来たよ!!!

そして灰色のリボンとかカブトムシとかそういうレトリックと言うか比喩表現とか熊さん大好きなのを知っての狼藉ですか!? ときめいたよありがとござましたご主人さま!!(てか狼藉!?)