森の中。
広い、一本の道が広がっていた。
辺りにはうっすらと霧が掛かっている。
…薄暗い。
それに、肌寒い。
ここはどこだろうか。
どうして、自分はこんなところにいるんだったか―――
「おい」
「うわ!」
不意に背から声を掛けられ大声を出してしまった。
慌てて背後を振り向けば、呆れ顔をしたあなたがいた。
「こんな道の真ん中で何呆けてんだ?」
「…いえ、あの……」
上手く言葉が紡げない。
自分でも把握してない現状と、突然のあなたの登場で。
あなたはため息を一つ吐き、オレを見る。オレと眼が合う。
「今暇か?」
「え…」
今。暇か。時間があるか、オレの時間をあなたの為に使う事が出来るか。それは、それはもちろん―――
「暇です」
「そうか。なら付き合え」
あなたがオレを追い越し道を進む。オレは一歩遅れてあなたに着いて行く。
―――どこか遠くで、獣の鳴き声が聞こえた。
あなたは舗装された道を外れ、森の奥へと入って行った。
一気に霧が濃くなる。
温度が下がる。
木々で太陽が隠れたのか、視界さえ暗くなる。
その事にあなたは気付いているのか、はたまた気付いたうえで無視しているのか。(可能性として高いのはそっちだ)
あなたはずんずんと進み、オレは置いて行かれないよう早足で着いて行く。
見失ったら、分かる道に戻るまで苦労しそうだ。
なんてことを思っていたら、広場に着いた。
霧が晴れる。
光が差し込み、明るく、温かくなる。
オレが辺りを見渡す間、あなたは真っ直ぐにベンチまで進み、座る。オレも遅れて進み、隣に座る。
…付き合えと言われたけれど、どうやら何か用事があるというわけではないらしい。
あなたは深く息を吐く。…疲れているのだろうか。
……………。
ええと…確か……
「リボーンさん」
「ん?」
「よろしければ、これをどうぞ」
オレはポケットから缶コーヒーを取り出す。
あなたに差し出す。
「ああ、悪いな」
「いいえ」
あなたがオレの手からコーヒーを受け取る。
あなたはどこか遠くを見ながらコーヒーを飲む。
…どこを見ているのだろう。
目線の先を追ってみても、特に目立つものは見当たらない。
何かを待っているのだろうか。
「リボーンさんは、ここで何をしているんですか?」
「ああ、まあ……ちょいと待ち人がいてな」
「恋人ですか?」
「肉食系のな」
姉貴だろうか。
しかしなるほど、待ち合わせの時間に早く着き過ぎたのか。
その時間を潰すのにオレが丁度よかったと。
それは別にいいのだが…
はて。
しかしリボーンさん、恋人を待つという雰囲気でもないような。
どちらかというと……
……………。
ああ、でも相手が姉貴か。待ち受けるのはあの毒か。なるほど。
そう思い、オレは納得する。
時間が過ぎる―――
夕方になった。
どれだけ早く来たんだ、この方は。
明日のピクニックが待ちきれない子供か。
それとも覚悟を決めるだけの時間が必要だったのか。
オレはちらりと横のリボーンさんを見る。
リボーンさんは眼を瞑り、静かに寝息を立てていた。
寝とるし。
大丈夫だろうか。
待ち合わせの時間は過ぎてないだろうか。
相手が姉貴だったら切れてるの確定だと思うのだが。
それともあえて怒らせる作戦だろうか。
いや、でもリボーンさんは女子供には優しいしな……
ううむ…
起こした方がいいだろうか。
などと考えていると、
「何見てんだ?」
と、リボーンさんの声。
見返してみれば、リボーンさんの目蓋が開き黒い眼がオレを見ていた。
「どうした?」
「いえ…」
どうしたも何も、待ち人は。
まさか忘れているのだろうか。
言った方がいいだろうか。
などと思っていると、
「―――――……」
リボーンさんが何かに気付いたかのように視線を変え、何かに目を向けた。
静かに眼を細め、何かを見据えている。
何を見ているのだろう。
視線の先を探ってみるも、オレには何も見つけられない。
どこかで、獣の鳴き声が聞こえる―――――
「獄寺」
リボーンさんがオレを呼ぶ。
オレが反応するよりも前に、オレの手に空の缶コーヒーが乗せられる。
「美味かった。ありがとうな」
「いえ…」
リボーンさんが立ち上がる。
「時間だ」
覚えていたのか。
というかまだ過ぎてなかったのか。
リボーンさんが立ち上がる。
歩き進む。
その背中が小さくなる。
オレはその姿を見送る。
………。
………リボーンさん、
今日は、珍しく、鮮やかなシャツを着ていたな。
真紅の、赤いシャツ。
どこか、すぐ近くで、獣の臭いがする。
リボーンさんの姿を見る。
視界にノイズが走る。
霧が濃くなり、
辺りは暗くなり、
急に肌寒くなって、
気付いた時、オレは森の中にいた。
森の中。
広い、一本の道が広がっていた。
雨が降っている。
大粒の雨が、オレの全身を打ち付ける。
…薄暗い。
それに、肌寒い。
ここはどこだろうか。
どうして、自分はこんなところにいるんだったか。
微かに、血の臭いがする。
こんな雨の中、森の中。辺りの臭いに掻き消されてもおかしくはないのに、何故だか分かった。
歩き出す。
見えない目印を辿るように。
進む先、道の先。見えてきたのは一本の橋、その向こうに一軒の家。
そして、その橋の手前、倒れているあなた。
地面には、雨に流され薄くなった、赤い滴。
あなたが死んでいる。
駆け寄り、傷口を見る。
何かに喰い千切れられている。
黒いスーツの中のシャツが、元々の色なのかあなたの血なのかも分からない程赤い。
肉食系の待ち人。そう言って何かを待っていたあなたを思い出した。
何かを待っている間、あなたが纏っていた空気。
恋人というよりも、処刑の時間を待っているかのような。
眠り、起きた後。何かを見つけたあなた。
オレには見えなかった。だけどあなたは確かに何かを見ていた。
今も、何も見えない。
オレには何も見えない。
ただ、何もない所から、赤い滴が落ちているのは分かる。
屈み、リボーンさんを見るすぐ横。
何もない空間から、―――まるで見えない"何か"がいるかのように、見えない"何か"の口元から―――誰かの血が滴っている。
すぐ近く、すぐ横から、獣の臭いがする。
すぐ隣から、獣の鳴き声が聞こえた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獣の臭いが遠ざかる。
奴はオレに興味ないらしい。
オレとあなただけが取り残される。
最後の晩餐があんなもので、そして相手がオレで―――あなたは満足そうだったけど―――申し訳なく思った。