オレは自分のこめかみに銃を宛がう。

あとは引き金を引くだけで、全てが終わる。

本気で、引き金を引くつもりだった。


だけど。



「リボーンさん…見つけた…」



聞き覚えのある、声が響いた。





- 恋人からの返答 -





振り向けばそこには、オレの生徒の一人がいて。

「…お前か。こんなところまで何の用だ?」

オレはそいつに問い掛けた。



「クローム」



問い掛けられた生徒…クロームは今まさに自殺をせんとしているオレを見ても怯みもせずに、ただ一言。



「伝言」



とだけ告げた。



「…伝言?」

「そう。…リボーンさんへ、愚かな恋人から」



…恋人。

オレの脳裏に一人の男が浮かぶ。



「………オレに恋人はいない」

「じゃあ、自称愚かな恋人から」

「…はぁ……獄寺なら、ついさっき電話で話したぞ」

「………つい、さっき…?」

「そうだ」

「え…? ???」

「?」



何故かクロームは混乱していた。理由は分からないが。



「………なんにしろ、私は伝言を預かってきたのだから…聞いてほしい」

「…分かった。言ってみろ」



伝言を聞いたのち、クロームを追い返して自殺すればいいと思った。だからそう言った。

クロームはそんなオレの意図に気付いているのかいないのか、一呼吸の間のあと、



「―――忘れないで下さい」



と言った。

……?



「お前のことなら忘れないから。と伝えろ」

「違います」







なんか…クロームの奴、様子がおかしくないか…?

なんだか…まるで……

不思議に思うオレに構わず、クロームは伝言を続ける。



「…あなたはこんな簡単なことすらすぐに忘れてしまいそうですから。


 ですから、忘れないで下さい。


 あなたは確かに、アルコバレーノです。呪われた身でしょう。


 あなたが周りに負い目を感じるのも、分からないでもないです。



 だけど、



 あなたが何であれ、あなたと言う本質は変わりません。何一つ。


 あなたを一個人として慕う人がたくさんいるということ。


 ………それを、どうか。



 ―――忘れないで下さい」



そこまで言うと、クロームは伝言が終わったのか沈黙した。

オレは思わず背を向けて、帽子を深く被り直す。



「………伝えておけ」

「…?」

「オレはお前にそんなことを言われる資格はないと」

「…誰に、伝えますか?」

「お前に伝言を頼んだ相手にだ」

「固有名詞でお願いします」



「………だから、獄寺にだ!」



オレが、そう声を張り上げた瞬間。



「―――――はい」



背後の空気が、変わった。



「…確かに、その伝言……頂きました」



振り向けば、そこにいたのはクロームではなく………



「では、どうしてそんな資格がないのかを教えて頂きたく」

「獄寺…」



ボンゴレで眠っているはずの獄寺がオレの前に。そしてオレの方に一歩。また一歩と近付いてくる。

対して、オレは動けない。獄寺から遠ざかることも。獄寺を制することも。

やがて獄寺はオレの正面に。そしてそっとオレを抱き上げて。



「お久し振りです。リボーンさん」

「……なんの真似だ、クローム。あまりオレを騙るな」

「クローム? 騙る? …すいませんリボーンさん、一体何のお話でしょうか」



そう言って、首を傾げる姿は確かに獄寺だ。

だけどここに獄寺がいるはずがない。こうしてオレを抱き上げれるわけがないんだ。

だと、言うのに…分かっているのに。



オレは何故だか抵抗出来なくて。



「…離せ」

「どうしてそんなことを言うんです? オレが嫌いですか?」

「……違う」



そんなことない。そんなことあるものか。





「むしろ、好きだ」





こぼれたかのようにそう言えば、獄寺の口からもこぼれたかのような笑い声が聞こえた。



「…そうやって、言葉にしてくれたのは初めてですね」

「そうだな…」



こんなこと、言うつもりはなかったのに。

どうして、今更言ってしまったのだろうか。



「…獄寺。オレを離せ」

「どうしてですか?」



……………。



「オレが、お前の母を殺したからだ」



だからオレは、愛するお前に抱かれる資格も。好かれる資格も持ってない。

これが三つ目の、お前への隠し事。





オレが彼女と出会ったのは、まだお前が生まれる前。…いや、お前もいたな。彼女の腹の中に。

その頃のオレは少しささくれていた。だけど、そんなオレを癒したのが…彼女だった。



彼女は優しく、強かった。

ピアニストである彼女の演奏は美しく、歌声も綺麗だった。



「もうじき子供が生まれるのだから、そのときの練習」と言ってはオレを抱いたりして。こんな呪われた身に愛情を与えてくれた。

「呪いが腹の子に障るぞ」と脅しても、まったく怯まなかった。「あなたなら大丈夫!」と笑って言ってくれた。



彼女は命を狙われていた。オレに出来ることと言えば、そいつらの始末ぐらいしかなかった。

そいつらの元凶を絶てないままに…彼女は出産日を迎えた。命を狙われたまま。

だからオレも出産に立ち会った。医師も…彼女はどこのコネクションなのか、あのシャマルを呼んでいた。



そういえば、シャマルはオレを知ると露骨に嫌な顔をしていたな。当たり前の、普通の反応だった。

当たり前じゃない、普通でもない反応をしでかしたのは彼女だ。オレを後ろから抱きしめ、シャマルを睨み、「リボーンを悪く言うのは止めて」と言っていた。

オレとシャマルは面食らっていた。「下ろせ!」と言ってもオレを抱きしめたままで。



…微笑み、オレに触れる彼女はあたたかかった。

彼女は陣痛に苦しむまでそうしてくれていた。



―――思えば、出産に立ち会うのなんて初めての経験だった。

命を奪ってばかりだったオレは、命を生む現場に立ち会うことなどなかった。

だから痛みに耐え、苦しむ彼女を見て驚いた。命を生むということはこれほどまでに大変なのかと。



…命を奪うことは、あれほどまでに簡単なのに。



彼女はオレに「手を握って」と訴えた。オレは思わずシャマルを見た。シャマルは顎をしゃくって促した。オレは手を握った。

…本来ならば、これはオレの役目じゃない。彼女の夫でありこれから生まれてくるお前の父である男の役目だ。

だがその男はこの場にはいない。多忙なのだとか聞いた。……だから愛人なんて作られるんだ。



そして…長い時間を掛けてお前が生まれた。お前は元気に泣いていた。

彼女から手を離して、それまでずっと手を繋いでいたということに気付いた。手を離されて、オレは自分が疲労していることに気付いた。汗を掻き、肩で息をして。



彼女は暫しお前を抱いていた。幸せそうに、まるで宝物のように。

だけど、彼女は何を思ったのかお前をオレに差し出してきた。



「おい」



咎める声は同時だった。オレと、シャマル。

彼女は口を尖らせた。お前は不思議そうに彼女を見ていた。そんなお前を見て、彼女は「ならこの子に決めてもらいましょう」と言ってお前をオレに近付けた。



…無駄だと、オレは冷めた心で思った。



呪いの身に寄る命はない。特に動物には徹底して嫌われている。…生まれたばかりの赤子がオレに近付くことなどない。

なのに。



「な―――」



お前は、迷うことなくオレの手を握ったな。


その手の、なんと温かかったことか。


そしてお前は、オレに無垢に笑い掛けたな。





その笑みの、なんとあたたかかったことか。





…そしてそこで、彼女を狙う刺客が沸いて出てきた。

オレはいつものように「すぐ戻る」と言って、奴等を屠るためにその場を離れた。

そして全ての刺客を始末したが……オレはいつものように彼女の所へと戻ることはなかった。



…この血に濡れた姿で戻ったら。

人を殺したばかりの身でお前の前に姿を晒したら。今度こそお前に拒絶されるような気がして。



結局オレは、彼女の所へと戻ることはなかった。



オレはまた約束を破った。

そしてお前の母は死んだ。

暗殺されて、死んだ。



オレが彼女の傍に居続けたなら。…きっと守れたのに。

お前は家庭の愛も満足に知れずにあの広い城の中にいた。あの時オレに見せてくれた笑みも消し去って。



―――オレは、一度お前に会いに行こうと思って城まで赴いた。



お前の母について。謝ろうと。

だけどそれが叶う前に追い払われた。シャマルに。

あいつの面倒はオレが見るからと。お前に会わせるつもりはないと言われて追い払われた。



お前が寄ると危険が付き纏うからと。確かに追い払われる途中に火の粉が掛かった。じゃあオレはやっぱりお前に近付かない方がいいのだろう。

それきりだ。それきりになるはずだった。会えないのも守れないのも残念ではあったが呪いがお前に障るよりはましだと信じて。

なのに。



「今度、ボンゴレに新しいファミリーが入る。あの獄寺家の子供だそうだ」





どうして、お前からやってくる。





オレはお前を区切ったのに。

オレはお前から逃げるように日本へ発った。

…だけど。



「本人の希望で、獄寺隼人を日本へ送った。面倒を見てやれ」





どうして、お前から追ってくる。





オレはお前から逃げたのに。

オレはお前に冷たく当った。好意を隠すように。そして決して好意を持たれないように。

けれどお前は。





          リボーンさん。





どうしてお前はオレを慕う。

オレはお前と距離を置きたいのに。どうしてお前は寄ってくる。



オレにそんな資格など、ありはしないのに。

そして、オレはお前を苦しませている。



オレのせいで。



…オレは、お前と一緒にいられない。

呪われている以前に、お前の母と姉を殺したオレは。お前と一緒にいられない。

守りたかったお前さえ、苦しませている。



―――もう、許してくれ。



声に出すつもりはなかった。だけれど、



「はい、許します」



答えが返ってきたことで、オレは自分の思いが表に出ていたことを知る。



「ば…お前、オレの言ったこと聞いてなかったのか!? オレは…!」

「あなたはオレの母と、姉貴を愛してくれたんですね?」

「………、」



「なら、オレも愛してほしいんですけど?」

「…何故、そんなことが言える。お前はオレが憎くないのか」

「オレと違って冷たくされてなかったらしい母と姉貴なら多少憎い気もします」



「だから!!」



くすくすと獄寺は笑みをこぼす。そこにはなんの邪気も見受けられない。


「それじゃあ、リボーンさん。今度オレと一緒に母と姉貴の墓参りに行きましょう。それで全部チャラです」

「チャラって…お前な……」

「オレは本気ですよ? …でも、リボーンさんかなりお疲れのご様子ですし…ひとまず眠られてはいかがですか?」



寝る……?



そう言われて、途端に睡魔に襲われる。そういえばおしゃぶりを取られてからあまり眠ってなかった。激痛のあまりに。

……? そういえば今は痛みを感じないな。どうしてだ?

オレを抱く獄寺を見上げれば、にこやかに笑っている。安心出来る笑みだった。



「はぁ…じゃあ一度寝る。そんで起きたら、また話をするぞ」

「ええ。楽しみにしてます」

「あまり楽しい話じゃないと思うが…まぁいい。寝る」

「はい。おやすみなさい、リボーンさん」



「ああ。……………獄寺」

「はい?」





「…悪かったな」





そう言って、リボーンさんは動かなくなりました。


閉じられた瞳はもう開くことはないでしょう。

消えゆく体温が戻ることも、もうないでしょう。

この小さな身体が動き出すことも、きっともうありません。



「…オレは、もうあなたと歩むことは出来ないでしょう」



そんな彼に、伝言の続きを伝えます。届かないとしても。



「それでもどうか、力強く生きて下さい」



だって私は、頼まれたのだから。



「愚かな恋人からの、最後の願いです」



結局恋人と再会出来る日の来ないまま、死んでしまった彼から。





「あなたは呪いを解いて……幸せになって下さい」






今度こそ、私は伝言を全て伝え終える。

たとえリボーンさんに届かなかったとしても、私は伝えた。

意味のないことと、そう思われるだろうか。私の選んだ選択は。



死者からの伝言を、死者へ伝えるなどと。

しかも生きて下さいなどと。…幸せになって下さいなどと。



ただの私の自己満足なのだろうか。

だけど…たとえそうだとしても。

今、私の胸の中にいるリボーンさんは、とても安らかな顔をしているから。





きっと意味は、あるのだと思った。





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おやすみなさい、リボーンさん。