リボーンは自身のこめかみに銃を宛がう。
もう、終わらせよう。全てを。
- 最後の生と死の物語 -
朝を見る日はもう来ない。
夜を過ごす日も見納めだ。
…もっと早くこうしておけばよかったと、今更ながらに思う。
それは逃避だと知ってはいたけど。無意味な行為なのだと解ってはいるのだけれど。
だけどもう、これ以上は生きるのが辛い。
生きていても、周りに迷惑を掛けるだけで。
生きていても、苦しいだけで。
そもそも、自分は既に死んでいたのだ。
今ここにいるのは心の壊れた小さな人形。
今ここにいるのは魂の抜けた男の亡骸。
そう、あの日。遠い昔。…この場所がまだ村だった頃に。その村が襲われた日に自分は死んだんだ。
本当に死ねばよかった。
自分は選択を誤った。
逃げようとはせず、放たれる炎に身を焼かれるべきだった。
狩られる教え子たちを放置して……
…ああ、駄目だ。
そこまで思って、リボーンは頭を振る。
自分が、生徒たちを守ろうとしないわけがない。
自分はあの時、ここで教師をしていたのだから。
何度繰り返しても同じ選択をしたであろうと予想が付く。自信もあった。
ならどうすればよかった? アルコバレーノとなったのち、初めて戦場に放り投げられたあの場所で多くの同胞と同じように自殺すればよかった?
それも駄目だ。何故なら自分は村を襲った男たちに自分を好きにさせる代わりに子供たちを「見逃して」貰ったのだから。
もしも自分が死んだら今度こそ子供たちが殺されるかも知れなかった。それ以前にリボーンはまだ戻るつもりだった。この頃は、まだ。
ならどうすればよかった? 自分は戻ればよかった? 戻れるようになったとき、自分は血に濡れた身体だった。
自由の身になったとき、自分は人殺しだった。そんな姿であの子たちの所に戻ればよかった? そして拒絶されればよかった?
自分はどうすればよかった? 約束なんて結ばなければよかった? アルコバレーノを作った施設が壊されたときに死ねばよかった? 本当にそれでよかった?
「オレはどうすればよかった…?」
呟かれる小さな声に、答えるものはない。
どうすればよかったかなんて、解らない。
自分がしたことに意味があったのかすら解らない。
だから、もう…死んでしまおう。
生きてるだけで苦しいのなら。
生きてるだけで愛する人を苦しめるのなら。
彼の愛する人は共に生きたいと言ってくれた。アルコバレーノになってから一度でも幸福を味わったことがあるのなら。
…不幸なことに、あるいは幸いなことに。幸福を味わったことはある。
それこそ、今愛する人と初めて会ったときに。
それは自分に向けて笑みを放たれたとき。ぬくもりに触れたときは、救われたような気すらした。いや、間違いなく救われた。
…だが、その彼を今苦しめているのは自分なのだ。
だから死のうと思った。
だけどそれを止めたのは、
「……?」
誰かの気配。
振り向くも、誰もいない。
誰もいないのに………
どこからか、声が。
せんせい。
聞き覚えのある、声が。
せんせい。
知っている、声が。
―――――せんせい。
腕が。
無数の腕が。
気付けば辺りに。そして伸びてくる。
それは華奢な、子供の腕。
腕はまるでリボーンに縋るように頼りなくリボーンを捕まえる。
リボーンは腕を振り解けない。
この腕の細さは知っている。この腕の小ささは。
きっと、この村で……帰ってこない教師を待ち続けて…死んでいった子供たちの―――
そしてふと気付けば、彼を縛る腕の向こうから影一つ。
それはボンゴレにいるはずの、獄寺隼人。
獄寺は穏やかな表情を浮かべ、リボーンに近付く。
その目に光はないのに。まるで見えているかのようにしっかりとした足取りでリボーンへと近付く。
そして、獄寺は腕をリボーンへと伸ばした。それはリボーンが今まで幾度も見てきた光景。
自身へと伸びてくる腕。それはいつもならこの後どうなる?
―――悪意と殺意を持ってして自分の首を絞めに掛かる。
…自分の愛する人に。愛しい人に自分はこれから……
「止めろ…来るな!」
思わずリボーンは銃を撃っていた。
撃たれた弾は獄寺の伸ばす腕を貫き胸を裂く。皮膚の裂けたそこから赤い花が咲き乱れた。
獄寺は一瞬きょとんとした顔をして…笑った。血だらけの身体で。胸から大量の血を出しながら。
「…酷いですねリボーンさん。オレを撃つなんて」
獄寺はまたリボーンへと距離を詰めて来る。笑いながら。血を吐きながら。
「オレが…あなたに何か酷いことをするとでも思ってるんですか? あなたのことが大好きな、このオレが」
オレはこんなにもあなたのことをあいしているのに。
あなたはオレのことをあいしてはいないんですね。
そう言って、獄寺は笑う。
オレはあなたがうまれたこのせかいをあいしているけど。
あなたはくるしみしかないこのせかいがきらいなんですね。
それはとても哀しいです。と獄寺は言う。笑いながら。
血に濡れた獄寺の腕が、手がリボーンへと伸びる。
リボーンの首を絞めようと、伸びてくる。
リボーンの身体は動かない。
亡者共の腕に掴まれて。かつての教え子たちに捕まって。
「止めろ…獄寺」
そう言う声にも、力はなく。
獄寺の腕がリボーンの首に掛かる。
触れる感触も獄寺の裂けた皮膚から零れる血の臭いも今までの幻覚とは違い本当にリアルで。
徐々に首を絞めていく力も、現実のもののように思えて。
「…リボーンさん」
聞こえる声も、本人のもののように思えて。
違うと分かってる。獄寺なわけがないと。
これは幻覚だと、分かっているのに―――
「オレにあなたのお手伝いをさせて下さい」
首が絞まる。
「リボーンさん。さっき死のうとしてましたよね?」
首が絞まる。
「オレにあなたのお手伝いをさせて下さい」
首が絞まる。
「リボーンさん。オレにあなたを殺させて下さい」
首が絞まる。
「これがオレに出来る、あなたへの最初で最後のお手伝いです」
首が。
「生きてても辛いのでしょう?」
首が。
「死んだ方がましなのでしょう?」
首が。
「自分に生きる資格などないと思ってらっしゃるのでしょう?」
首が―――
「でしたら。さようなら。愛しいリボーンさん」
―――以前にも、似たようなことがあったなとリボーンはふと思った。
そのときは、一体どうやって悪夢から覚めたのか…考えても、もう思い出せない。
…自分は、こうやって死ぬために今まで生きてきたのだろうか。
その疑問に答える声はなく。そのままリボーンの意識が閉じていく。
視界の最後に見えたのは、愛しい人の血に濡れた笑顔―――――
静かで寂れた辺境の地。
人気のない、かつての小さな村の跡。
そこに足を踏み入れるひとりの女性。
彼女は辺りを見渡して―――首を傾げる。
辺りには……もう誰もおらず、何もなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一体リボーンさんはどこへと消えた?